愛を呷って嘯いて


「そういやおまえ、いくつになったんだっけ」

 八杯目のグラスを空にしたところで、彼がそんなことを言った。

「二十七ですー」
「あれ、もうそんな年なんだっけ」
「そうだよー、四つ下ぁ。ということはあなたは三十一ですー」
「おい、語尾伸ばすのやめろ」
「えー?」
「酔ってんのか? おまえのだろ、このバーボンウイスキー」
「酔ってませーん」

 酔っていた。彼と一緒にいるのが、会話できているのが嬉しくて、そしてちょっと緊張して。最近仕事が忙しくて、慢性的な疲労と睡眠不足。それらが原因か、早くから酔いが回って、さっきからずっと彼の姿が歪んで見えた。

「そっちは酔ってないの?」
「酔ってるよ。顔に出ないだけ」

 それを聞いて、空いたグラスをテーブルに置いてから、彼の顔を覗き込む。ぼやけてよく見えないから、目を細めてじっくりと。

 頬は赤くなっていないけれど、目と耳が赤い。切れ長の目もいつもより少し細い気がする。息はお酒の香り。

「酒くさー」

 けたけた笑いながら仰け反ると、彼は「おまえもな」と呆れた声で言って、わたしがソファーから落ちないように腕を引いてくれた。
 その反動で彼の肩に激突して、額を強か打った。

「いたー!」
「こっちの台詞だ酔っ払いめ」

 額を擦りながら少し顔を上げると、彼のシャツにファンデーションがついてしまっているのに気が付いた。口紅が付くなら恋人たちのありきたりな失敗に見えるのだろうけど、ファンデーションとは。十四年もろくに会話ができなかったわたしたちらしい。



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