明治、禁じられた恋の行方

千歳を呼び、「それ」を伝えると、顔色が変わった。

次、彼女が果たすべき項目は、父親に会うこと。
そして、志恩の望む情報を手に入れなければならない。

これまで分かり合えなかった父親だ。
単純に喜ぶとは思っていなかったが、その顔色を見ると、
自分たちをこんな状況に、母を死に追いやった父を恨むべきなのか、おそらくまだ整理がついていないのだろう。

分かりました、と無表情で発する千歳に同情が無いわけではないが、
こちらも無償で今の立場を守っている訳ではない。

彼女が乗り越えてくれることを、志恩は祈った。

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カチャリ、と金属が触れる音がし、目の前に具忠が現れた。

千歳は息を呑む。

具忠はげっそりと痩せ、まさか、殴られたのだろうか、顔が何ヶ所か腫れ上がっている。

「父様・・・」


下がっていた目線が、徐々に上に上がり、
父娘は、数ヶ月ぶりに顔を合わせた。
恨みが無いわけではない。

だが、こんな姿を見ることになるとは、夢にも思っていなかった。
こんな姿、見たくは無かった。


「・・・何の用だ」

ドスの聞いた声で言う。

「父様、大丈夫なの・・・顔が・・・」

質問には答えず、「要件を言え」
彼の拒絶なのだろうか、あるいは後ろに立っている警官の監視によるものなのだろうか。


「私、今、貿易商の八神さんの所でお世話になっているの。」

ギロリとこちらを見る。が、予想していた、成金、という言葉は出てこない。

変わり果てた姿に唖然とする。

「冬璃も、よい所でお世話になっているのよ」


母様は、

母様は・・・


父は知っているのだろうか。いや、知るはずもない。
それを伝える勇気はなく、口を噤んだ。


無言が通り過ぎる。


この場で聞けるだろうか。
果たして、見張りのいるこの状況で聞けるだろうか。


ドクドクと、自分の血管が脈打つ音が聞こえるようだ。


その時。

「浅野や黒田の皆さんは元気か。」


え?

咄嗟に脳が高速で回転する。

「元気よ、皆さんお変わりなく。」

「広幡や細川の連中はどうだ。」


えぇ、皆さんお元気よ、あぁ、下の息子さんが文化学院に入学されてね、

自分でも何を言っているか分からないが口が回る。


直後。

「時間だ」


父は乱暴に引き立てられ、奥の部屋に押し込まれていった。

「・・・父様!!!」

叫ぶような声が響いたが、それ以上父の言葉は無く、
再度念を押すように言う、「時間だ」という声だけがその場に残った。

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