Shine Episode Ⅱ


翌日、籐矢と水穂は大使館があるパリへ向かった。

他の捜査員も各自それぞれのルートでパリに向かい、持ち場へ散っていくことになっている。

二人はリヨンからパリまで電車で移動しホテルで仮眠したあと、出勤する職員に紛れて大使館入りした。

籐矢はオーケストラの一員として、水穂は給仕係りとして任務につく。

晩餐会の準備のあいまをぬって、すれ違いざまに言葉を交わし状況を報告する。

昼間は特に変わったこともなく過ぎ、晩餐会の招待者が集まる頃になると捜査員たちの緊張も高まってくるのだった。

本番に備えて燕尾服に着替えた籐矢を見つけた水穂は、その姿を近くで見ようと駆け足で近づいた。

正装した籐矢は体格の良さもあり見栄えがする。

燕尾服を着こなすなど誰にでもできるものではない。

こんなところに育ちのよさが出るのだろうと感心感動しているのに、水穂の口は裏腹なことを言う。



「見違えました、馬子にも衣裳ですね」


「まさかペンギンを着せられるとは思わなかった」


「あはっ、ホント、ペンギンに見えますね。でも、似合ってますよ」



そんなに見るなと言いながら籐矢は照れた顔で横を向き、その顔を水穂が面白がって覗き込む。

任務中の気持ちが和らぐひと時だった。



「変わったことはないか」



顔を引き締めた籐矢が声を潜めて水穂に問う。



「ありません。例の楽譜を持っていた楽団員に会いましたか?」


「会った。俺が警備でオケに配備されたと聞いたんだろう。

この人は楽譜が読めないから、簡単な楽器がいいだろうとわざわざコンサートマスターに言いに行ったぞ。

まぁ、俺は音楽の知識がないと相手に思わせておいたほうが都合がいいからな」


「いまから楽器変更なんて、大丈夫ですか?」


「パーカッションだからなんとかなるだろう。同じパートのメンバーが合図をくれるそうだ」


「太鼓とか叩くんですか? がんばって下さいね」


「うん、おまえも食器を割るなよ」


「それこそ割ったら大変です。厨房のスタッフさんに聞いたら、グラス一個がすごいお値段なんです。

気をつけます」


「グラスも大事だが身辺にも気をつけろ」



籐矢の手が水穂の肩に触れ、すっと腕を降りて手をきゅっと握ってから離れていった。

何気ない仕草だったが、水穂の体の熱をあげるには十分だった。

遠ざかる籐矢の後姿を見送りながら、水穂は一昨日の夜を思い出していた。

パジャマパーティーのつもりで部屋に戻ってきた水穂を、籐矢はベッドに招き入れた。

なぜ? と問う顔をすると、「近くで話したほうが声が漏れないだろう?」 ともっともらしい答えがあり従うしかなかった。

盗聴を警戒しなければならない、これも任務だと唱えながら籐矢の腕の中に体を滑り込ませたとたん、後ろから腕が回され水穂は一気に緊張した。

ふだんの籐矢は乱暴な口を利き、上から目線で言いたい放題、素っ気無く、ぶっきらぼうで粗野な態度をみせるが、水穂を腕に抱くときは優しい男になる。

それがわかっているだけに、水穂はこの状況を意識せざるを得ない。



「これから仕事の話ですね」


「そうだ」


「でも、この姿勢はちょっと……困ります」


「どこが困る。スパイの情報はピロートークから得るものが多い」


「私たちはスパイじゃありませんけど……えっ、近衛さんもそうなんですか?」


「近衛? あぁ、潤一郎か。アイツは女房一筋だ」



スパイと聞いて潤一郎の名を出した水穂は、潤一郎の任務をわかっているということである。

色恋には鈍いが仕事の勘は鋭い水穂が頼もしいと籐矢が思うのはこんなときで、抱きしめる腕に力が入った。

けれど、抱きしめられた水穂の方は落ち着かない。



「それを聞いて安心しました。えっと、とにかく仕事の話をしましょう。

音符の数が合わない変な楽譜が見つかりました。それも日本とフランスの大使館で。

これは偶然ではありませんね。音符が多い意味はなんでしょう。暗号とか?」


「暗号と言えば暗号だろうが、そう難しい情報ではないだろうと俺は思っている」


「というと?」


「日時や人数を音符の数に置き換えて知らせる。面倒な楽譜を使った情報伝達は、複数の人間に知らせる手段だと思う」


「面倒な楽譜? 曲が難しいんですか?」


「現代音楽やマイナーな楽曲という点では難解といえる。

それから、俺が見たのも虎太郎が送ってきたのも、どちらも手書きだった。

楽譜はコピーもあるが、プロの演奏家には手書きの方が好まれる。

写譜屋(しゃふや)と言う仕事がある。作曲者が書いた譜面を手書きで書き起こす仕事だ」


「じゃぁ、写譜屋さんが怪しいですね。写譜屋さんを探せば何かわかるかもしれません」


「うん、写譜屋が特定できればの話だが……みながみな写譜屋の楽譜を使っているわけではない」



作曲者自らが写譜することも多いのだと言う籐矢の言葉に、水穂は大きなため息をついた。



「写譜屋探しはほかの奴らに任せよう。俺たちは音符の意味を探る。

数の合わない音符が、日時や人数を表すかもしれないというのは俺の考えだ。

真実はほかにあるのかもしれない。すべては情報を集約したあとの分析にかかっている」


「わかりました、なんだかやる気が出てきました」



恋人とベッドの中で語り合っているというのに、そこに艶やかさはない。

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