Shine Episode Ⅱ

8. バイオリンケースの謎


潤一郎が妹の結婚式のために一時帰国した翌週、事故現場に赴いた籐矢は、爆発で飛び散った破片を前に苦しげな面持ちで立っていた。

地元警察の情報によると被害者は日本人留学生で、この春やってきたばかりだったという。

慣れない土地で迷ったのか、よそ者が踏み込むことの少ない街外れの路地で事故に遭った。

学生をはねた車は制御を失って道の脇の小屋に衝突したが、引火物があったのか車は炎上した。

運転手は爆発前に車から逃げ出したが、はねられ重傷を負った学生の意識はまだ戻らないそうだ……

籐矢に情報を伝えた同僚のジャンは複雑な顔をした。

ジャンの顔が曇ったのは被害者が日本人であったことと、籐矢が理不尽な事件で家族を失っていると知っているためである。

先に戻るジャンを見送った籐矢は、視線の先に見慣れない物を見つけて歩み寄った。

道路脇に転がったそれを手にしたのと同時に誰かにぶつかった。

「すみません」 と言われ 「いいえ」 と返してから驚き顔を上げた。

互いが発した言葉が日本語であり、振り向いた籐矢を見た男性も同様に驚いていた。



「日本の方ですか」


「あなたも?」


「とっさに口から出るのは母語だそうですが、本当ですね」


「えぇ……」



二人が日本人であるというだけで共通の話題はない。

次の会話が続かず、こんなとき便利な話題を口にして籐矢はその場を去ろうとした。



「どうも……では」


「あの、一度お会いしましたね」


「はっ?」


「大学に小松崎先生を訪ねていらっしゃった刑事さんですね。卒業生のことを聞きたいと」


「あぁ、あのときの」


「井坂です。こんなところでお会いするとは……」



音楽大学で会った井坂講師の記憶がよみがえってきた。

密輸船に関連した件で訪ねた折、いかにも迷惑そうな小松崎とは対照的に井坂はとても協力的だった。

自分にわかることがあればお答えしますと言ってくれた彼へ、籐矢は良い印象を持っていた。

「神崎です」 と名乗り、あのときはお世話になりましたと改めて礼を述べた。

このような場でなければ 「お久しぶりです。お元気でしたか」 と聞くところだろうが、事故の悲惨な現場を目の前にして懐かしむ言葉は不似合いだった。

事故現場で再会した井坂へ別の質問を向けた。 
 


「被害者をご存知ですか」


「えぇ……私が留学をサポートした学生です。まさか、こんなことになるなんて……

日本にいるご両親に、なんとお詫びをしたらよいのか」


「事故にあったのは不幸ですが、井坂先生の責任ではありません」


「いいえ、私の配慮が足りなかったためです。 

ひとこと、この地区には行くなと注意しておけば良かったのです」



妹を失い自分の責任だと苦悩する籐矢に、かつて誰もが同じような言葉を向けた。

「君のせいではない」 と……

籐矢への慰めであるとわかっていながら、責任はないと言われれば言われるほど自分を追い詰めた。

責任の所在など軽く口にしてはいけないとわかっていたはずなのに、逆の立場になった今、井坂へ同じ言葉を向けてしまったことを籐矢は後悔した。



「神崎さんはリヨンには仕事で?」


「えぇ、まぁ……」


「そうですか。ここには本部がありますからね」



籐矢が警察の人間であると承知している井坂だからこその発言だった。

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