私の好みはクズなんだってば。

唐橋実咲と寒川慧の場合

弓道場で、1人弓を引く。朝から今までずっと、何度矢を拾いに行ったことかわからない。来週審査だっていうのに、1本も中らない。心が乱れているのだろうか。ふと脳裏に寒川くんの顔が浮かんで、慌てて顔を横に振る。

むしゃくしゃするから息抜きに凛でも誘ってお昼でも食べに行こうか。LINEを開き凛にメッセージをおくる。

「凛、今何してる?ご飯食べに行かん?」

直ぐに既読がつく。期待して画面を見つめていると申し訳なさそうなスタンプとともにメッセージが送られてくる。

「ごめん実咲、今里崎と京都で剣道の大会見てる!」

なんだ、里崎やるじゃん。いーよ、楽しんでおいでとLINEを返す。里崎の方にも、からかいのLINEでも送っておいてやろう。

「旦那やりますねぇ、そのままウチの子とって食ったりしないでね♡」

「うるせえ黙れビッチ、俺はそんなことしねえよ」

すぐにキレ気味のメッセージが返ってくる。楽しんで〜と返してLINEを閉じる。なんだ、あの二人は私が何もしなくたって案外すぐ幸せになるのかもしれない。それはそれでつまらないような気もするが。なんだよリア充。

「ってことはクリぼっちは私だけかぁー…」

呟きが弓道場に虚しく反響する。もうこれ以上ここにいてもしょうがない。今日はもう帰ろう。

弓道場の鍵を閉めていると、後ろから「あれ?唐橋さん?」と声をかけられる。振り返ると、ランニング中の寒川くんが手を振っている。

今日も会えるなんてと少し心が浮き立ったのもつかの間、自分が汗だくでメイクもせず、髪も乱れていることに気付く。慌てて髪を整え顔を少し隠しながらおはようと叫んで手を振り返すと、寒川くんがこっちに走ってくる。

まって、今すっぴんだから、なんて逃げられるはずもなく、寒川くんが至近距離にきてしまった。

「昨日ぶり、朝練?」

「そう、寒川くんも?」

「うん、俺も朝練。大会近くて」

寒川くんが指を指す方を見てみると、自転車に乗った可愛い女子マネさんと陸上部の子が寒川くんを待っている。

「うわっ、皆で練習中なのに挨拶しに来てくれたんだ!待たせちゃってるね、ごめんなさい。戻って戻って!!」

「いいよ、説明して待ってもらってるから気にしないで。あのさ、1時頃暇?もし良かったらご飯でも一緒にどうかな」

寒川くんの申し出を断れるはずもなく、二つ返事で行きますと答える。よかった、じゃあまた後で、と笑顔で言った彼は皆の元に戻って行った。

走っていく彼の後ろ姿を見ていると、マネージャーさんがこっちをじっと見ているのに気づく。もしかしてあのマネージャーさんは寒川くん目当てかな、と邪推する。

でも寒川くんは私とご飯に行ってくれるんだ。精一杯のドヤ顔を彼女に向けると、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた彼女に顔を背けられた。


家に帰り、とびきりのおしゃれをする。こんな所里崎や凛に見られたらきっとネタにされてからかい倒されるだろうけど。

化粧を終えてLINEを開く。寒川くんから、「駅前の喫茶店に1時、待ってます」というメッセージの下でくるくる踊るペンギンのスタンプ。

結構かわいいスタンプ使うじゃん、とちょっとニヤッとしてしまう。そんなちょっとした一面を知れるだけでも嬉しい。人気者でファンが多い彼の、みんなが知らない一面を少しでも多く知りたい。
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