夏が残したテラス……
美夜は、優しくほほ笑むとゆっくりと口を開いた。

「梨夏さんが亡くなった時、泣くことも出来ないくらい震えていたでしょ? あの時、この子は感情を失っちゃうじゃないかって思った」


「えっ? そんな事…… 嬉しいとか、悲しいとか私だってあるわよ」


「うん、そうなんだけどね。ずっと、梨夏さんが嬉しいとか、梨夏さんが悲しむとかばかり考えてる気がして、奏海自信の事で苦しんだり、喜んだり出来るのかな?って」


「そんな……」

 美夜さんの言った言葉を頭の中でもう一度繰り返した。

 ママが亡くなってから、私は、ママが喜ぶ事ばかり考えていた事は確かだった。

「別に、梨夏さんの事を大切に思う事は悪い事じゃないし、それでいいと思う。ただ、奏海には、自分の為に恋とか好きな事をして、もっと色んな感情を出して欲しいなって思ったの」

 美夜は、戸棚の上のママの写真に目をやった。


「うん…… ちょっとだけ分かった気がする」

 私も、小さく肯きママの写真を見た。


「良かったね。海里のお蔭で、奏海にも人並みの感情があって」


「何よ、それ!」

 そう言ったものの、海里さんの名前を出されて、また、目が熱くなってきてしまった。


「おやおや、困ったわね……」

 美夜の口調は呆れたようだったが、背中を摩ってくれる手は優しかった。


「だって、海里さん婚約したって……」

 ぐすんと鼻を啜りながら言った。


「そうなの?」

 美夜は少し驚いたようだが、それ以上何も言わなかった。

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