夏が残したテラス……
「僕だって悔しいんです! みんな、必至なんです。どうにか出来るなら、僕だって…… 医者なのに何も出来ないんです。医者なのに……」


 野々村の睨んだ目から、じわりと涙が滲んだ。野々村も苦しいんだ。
 医者としての無力さを絶えている野々村の姿に、現実だという事を思いしらされた。


「すまん……」

 俺は、力が抜け野々村から手を離した。


「海里さんがそんなんでどうするんですか! あなたは何時だって堂々としていた。だから、安心して回りに人が集まるんじゃないですか? あなたが、堂々としていれば、おやじさんも、奏海さんだって……」


「奏海はこの事を知っているのか?」


 苦しい表情を隠せず俺は野々村を見た。


「はい、昨日、お話ししました……」

 その時の、野々村の顔は医者としての責任を背負っているものだと思った。

「……」

 奏海は、今どんな思いでいるだろうか? 
 大丈夫だろうか?

 奏海の事が気になり、すぐに店に戻ろうかと思った時だ……


「あ― 海里さん来てくれてたの?」

 あっけらかんとした明るい奏海の声に一瞬聞き間違いかと思った。


「ああ……」

 と、慌てて作り笑顔を向けると、窓から奏美の明るい笑顔が返ってきた。


 その笑顔を見た時俺は、奏海の強い意志を受け取った。
 奏海は明るく何も知らない振りをする事を決めたのだろう……


 俺と野々村との再会は、決して喜ばしいとは言えないものだった。お互い、自分の力の無さを悔やむ結果となるのだった。
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