氷室の眠り姫


今回の後宮入りは内密に進められたもの。
それは主上の病状が公にされていないことが大きな原因だった。

すでに東宮まで設けている正室がいるにも関わらず、側室を召すとなると余程の寵愛を賜わっているか、もしくは政略的なものということになる。

しかし、今回のこれはどちらでもない。
ならば無用な混乱を避けるために内密に事を進めよう、という話になったのだ。

後宮の中でも紗葉の後宮入りに関する真実を知っているのは主上の正室である爽子(さやこ)とその側近である志野(しの)だけだ。


自分に宛がわれた部屋で片付けを終えた紗葉は、家から付いてきてくれた侍女の風音(かざね)にお茶を淹れてもらった。
この風音はもちろん今回の“事情”を柊から直々に説明を受けていた。

「…紗葉様……大丈夫でいらっしゃいますか?」

主である紗葉の顔色が良くないのに気付いて心配そうに声をかけた。
紗葉もそんな風音を信頼しているので無理に誤魔化すことはしない。

「大丈夫…ちょっと疲れが出たのだと思うわ。挨拶に回るのは明日で良いとのお言葉をいただいているから、今日のところは休みましょう」

明日からはおそらく紗葉にとって試練の日々が始まるだろう。
それは主上に仕える、という話だけではなく、周りの人間たちからの蔑みの視線を受ける日々が始まる、ということだ。

だが、紗葉はどんな言葉を浴びせられても、どんな目にあったとしても逃げるわけにはいかない。
でなければ流との別れを選んだことすら無意味になってしまう。

(わたしはわたしの役目を果たすだけよ)

紗葉はそう思いながら、明日に備えて早々と休むことにした。


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