氷室の眠り姫


東宮が主上と部屋に留まり、これからのことを話し合う一方、爽子は自室で休んでいる紗葉の様子を見る為に戻ることにした。

「風音、紗葉の様子はどうですか?」

「…爽子様。はい、深くお眠りになっていらっしゃいますが、紗葉様は眠ることによって力の回復をされますので大丈夫です」

「そうですか…良かったです。今回のことは後程改めて東宮から謝罪させます。特に必要なものはないですか?」

「…いえ、このまま紗葉様が目覚めるまで居させていただければ」

「そうですか…私は後始末の為にしばらく部屋を離れます。志野の直属の女官を残していきますから何かあればそちらに」

「お心遣い、ありがとうございます」

風音が深く頭を下げて返事をすると、爽子は頷き部屋を出ていった。

残された風音は小さく息をつき、眠る主に視線を戻した。

(紗葉様…)

風音が紗葉の手に触れた瞬間、その顔色が一気に青くなった。

「こ…これは…」

紗葉の白魚のような手に異変を感じて見てみれば、あるはずのないシワが刻まれていた。

「ま…まさか」

「風音、口外無用です」

ふっと目を開けた紗葉が静かに命令する。

「紗葉様!ご気分は?」

起き上がる紗葉の体をそっと支えながら風音が尋ねると、紗葉は小さく頷いた。

「大丈夫よ。それよりここは…?」

「爽子様のお部屋です。爽子様は少し出ていらっしゃいますが」

その答に紗葉は思わず深いため息をついた。

「ご迷惑をおかけしてしまったわね」

「紗葉様が気になさる必要はありません!それよりも…」

「回復が少し遅れているだけよ。大丈夫だから」

しかし、そんな言葉で誤魔化される風音ではない。

「紗葉様…まさかとは思いますが、霊水を飲んでない、などとおっしゃいませんよね?」

「大丈夫よ」

「ならば何故このようなことになっているんですか!?」

風音は震える手で紗葉の手を持ち上げた。

「……本当に大丈夫だから。しっかり眠れば戻るわ」

「……っ」

本当にそうなら今こんなことになっていない、と叫びそうになった風音だが、紗葉のカオを見ればとてもそんなことは言えなかった。
それは全てを承知して、全てを諦めて、そして覚悟を決めた者のカオだった。

「……どうか、ご無理はなさいませんように…」

聞く耳は持たないだろうと分かっていても、風音はそう言わずにはいられなかった。

「………ありがとう」

その心遣いに紗葉はにっこりと微笑んだ。

< 28 / 63 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop