氷室の眠り姫


「…紗葉様はすでにご実家に戻られております」

震える紗葉の声を気にもとめずに流は更に問い詰める。

「そんな筈はない!今日が宿下がりと聞いて…」

「どなたからの情報かは知りませんが、紗葉様は内密に宿下がりをご準備していました。すでに風音と共に戻られております」

紗葉の言葉に呆然とする流に紗葉は付け加えた。

「私が紗葉様のお車に乗っていたのは、最後の片付けをしていた私を慮り用意してくださったのです」

流は悔しげに唇を噛み締めるが、退く気は一切ないようだった。

「なら、このまま乗せてもらう。どうせ邸宅にも行くつもりだったしな」

「そ、それは…」

拒否しようとするものの、流の有無を言わせぬ空気に逆らうこともできずに、紗葉は実家に戻ることとなった。



屋敷に到着した紗葉たちを出迎えたのはもちろん風音だったが、流が同乗していたことに驚き、金魚のように口をパクパクさせていた。

「風音、紗葉はどこにいる?」

流の言葉に風音はちらりと紗葉に目をやるが、当の紗葉は目線だけで“余計なことは言うな”と伝えていた。

「まずは応接室にお通ししてはいかがでしょう。私は予定通り休んで参ります。後のことは申し訳ありませんか、よろしくお願いいたします」

紗葉の言葉で風音は覚悟を決めた。

紗葉は予定外の流の登場に構うことなく予定通りに事を進めろ、と言っているのだ。

「……承知、致しました。どうかゆっくりお休みくださいませ」

風音は泣きそうになる顔を隠すように頭を下げると、すぐに表情を引き締めて流を応接室へと案内した。







「少々、こちらでお待ちください」

そう言って部屋を出ていった風音の後ろ姿を見送りながら、流は何となく違和感を感じていた。

(何だ……何かがおかしい…)

しかし、それが何かが分かる前に応接室に柊と樹が入ってきた。

「…!?何故彼がここにいるんだ?紗葉はどうしたんだ!」

柊の叫びに応えたのは風音だった。

「…紗葉様のご指示でございます」

その言葉に三人の視線が集中した。

「……どういうことだ?」

「本当のことを話すようにと」

柊と樹がザッと顔色を変え、流は眉をしかめた。

「本当ならば流様にお話するのはもう少し先でしたが、本日このように来訪されたのも意味あることなのでしょう」

風音は小さくため息をつきながら一通の手紙を柊に手渡した。





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