氷室の眠り姫
目覚め

「…紗葉。お前は望んでいないのかもしれない…でもこれは俺が決めたことだ」

流が祈るように台座の前に跪くと、そこに横たわる紗葉の姿が爽子からも見えた。

「………っ!!」

爽子は紗葉を見た途端、ヒュッと息を飲んだ。

横たわる紗葉は爽子の知る年頃の姿ではなかったが、見覚えのある姿だった。

「あれが…紗葉?」

最後に紗葉の代理として挨拶に来ていた老女が紗葉本人であると知らされて、さすがの爽子も動揺を隠せなかった。

「まさか…どうしてあんな姿に…」

「回復することなく力を使い続けた結果です。あぁ、ご心配には及びません。氷室で休めば回復することは実証済みです」

爽子の不安そうな表情に柊がそう説明するが、爽子は納得などできなかった。

「すぐに回復するなら紗葉と彼に障害はないはず。なのに……」

「……ここまで消耗したのは初めてなので、回復するまでにどれほど時間がかかるのか、わたしにも見当がたかないのです」

柊の言葉に爽子は流の後ろ姿に視線を戻した。

「それでも、彼は、紗葉を待つのね…」

神々しささえ感じられるその光景に、爽子は躊躇いながらも近付いていった。

「紗葉…」

爽子は流の向かい側に座り、紗葉の真っ白になってしまった髪にそっと触れた。

「貴女は私が謝ることを良しとしないでしょうけれど、それでも言わせてほしいの…ごめんなさい」

爽子の瞳が涙で潤むが、その資格はないと必死に堪えると、流に真っ直ぐ視線を向けた。

「そして、貴方にも謝罪するわ。知らなかったとはいえ本来、貴方と紗葉が得るべき時間を奪ってしまいました」

「いえ。紗葉の決断です」

流は気にする様子もなく、紗葉から視線を外すこともなかった。

「……私にも、紗葉の為にできることがあればいいのに」

ぽつりと呟かれた爽子の言葉に、流は初めて爽子に視線を合わせた。

「貴女が紗葉の為にできること、それは上皇様と心穏やかに過ごされることです。それが何よりも紗葉の望みだったはずです」

爽子は堪えていた涙が流れるのを感じ取った。

「……ありがとう」

流は爽子の涙に気付いていないふりをして、ただ愛しげに紗葉のことを見つめ続けた。




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