昔語り~狐の嫁入り~
ミツルギ老人は、身体を椅子から起こすと、手作りのテーブルに、木のボウルを乗せた。
中には、米で出来たお菓子が独特の香ばしい香りを放ってトニーの鼻をくすぐる。
何処にも売っていない…町に出てもお店で見かけないとても不思議なお菓子。甘くもなく、辛くもなく。こんがり焼けたそのお菓子は“お煎餅”と言った。
トニーは、ミツルギ老人の手作りのこのお菓子が大好きだった。今はいない亡き母、早苗もこの煎餅を焼くのが上手かった。
トニーの夢は、早苗の父であるミツルギ老人と共に煎餅を焼く事である。
「おじいちゃん。また、おじいちゃんの国の話をしてくれないかなぁ…」
庭の畑には、稲が青々とした様子で、風に靡きながら太陽の光を一杯に受け、とても気持ち良さそうだった。
秋になると、これが全て金色の稲穂に変わるのだ。そして、その金色の稲穂からこのお菓子が出来る。
トニーはその光景を想像し、うっとりと外に広がる景色を眺めた。
「好きだねぇ…お前は」
「おじいちゃんの国だもの。それに母さんの故郷でもあるんだよね?俺、一度でいいから行ってみたいなぁ…」
トニーは、ブルーの瞳に自分が小さい時から全く変わらない姿の祖父を映した。
「…黒い瞳も黒い髪も凄く好き! おじいちゃん、大好きだよ?」
「お前にそう言って貰えるのがとても嬉しいよ」
ミツルギ老人は緑茶をトニーに出してやると、にっこり微笑んだ。
「ねえ、ねえったら。何かお話してよ、おじいちゃん!」
頬を膨らませながら駄々をこねるトニーを見て、ミツルギ老人は笑いながらトニーの頭を撫でる。そして、一瞬であるが…椅子を揺らしながら遠い目をした。
「…そうさね。何を話してやろうか?何がいい、トニー」
トニーは出された緑茶を美味しそうにすすると、湯飲みを置いた。
「えっと…ね、おじいちゃんが遭遇したっていう“狐の嫁入り”の話がいいな」
ミツルギ老人は淡い笑みを口許に乗せると、ポツリポツリと話しはじめた。
< 2 / 13 >

この作品をシェア

pagetop