結婚願望のない男

１章 どのようにお詫びをしたら良いですか

あ、
人…倒れ…

一瞬の出来事のはずだったけれど、左手の公園から出てきた人間がバランスを崩して倒れていく様は、私の目にはスローモーションのようにゆっくりとした動きで映った。

「！！！！」

私はすぐに急ブレーキをかけて自転車を止め、カゴから鞄が放り出されるのも気にせず自転車を投げ捨てた。

「ご、ごめんなさい！大丈夫ですか！」

自転車に乗って歩道を猛スピードで走っていた私は…公園から出てきたスーツ姿の男の人と接触しかけた。
ぎりぎりぶつからずに済んだものの、私を避けようとした男の人が転倒してしまったのだ。

ここはオフィス街の真ん中にある公園で、サラリーマンが近道のためによく通り抜ける。
きっとこの人もそうなのだろう。その人は両手に荷物を持っていたために、私を避ける動作でバランスを崩したみたいだった。

「いって…！」

その人はすぐに起き上がったけれど、眉間にしわを寄せて左手をさすっている。
どうやら、着地の際に左手をついてしまったようだ。

『なんだ、どうしたんだ！？』

私の携帯電話は通話中で、電話の向こうからは課長の怒鳴り声がする。
そう、私は携帯電話で通話しながら自転車を漕いでいたのだ。…完全に、道路交通法違反。

（た、大変なことをしてしまった…！）

全身から血の気が引いていく感じがした。

「す、すみません課長…！危うく人と接触しそうになって…いったん電話を切っていいですか」

『は？バカヤロウ！ただでさえ30分も押してるのにどうすんだ！これじゃあ今日のプレゼンはおしまいだ！客に何て言い訳するんだよ！』

「すみません、すみません…！明日朝イチで資料を持って先方に謝罪に行きますので…今は、あの、ケガさせてしまったかもしれないので…！」

私はそう言って、無理やり通話を切った。