結婚願望のない男


「……っ」


彼の唇は、私の頬に微かに触れた。


「し、島崎くん!」

頬にキスされた──それを頭が理解すると同時に顔がかっと熱くなって、私はやっと声らしい声を出した。

「気が向いたら返事聞かせてください。僕は…待てる男ですから、待ちますよ」

「あの…あのさ、私のどこがいいの?し、島崎くんはモテるだろうし、最近は一緒に仕事してても私のほうが足引っ張ってる感じするし、まったく好かれる要素が思い浮かばないんだけど…?」

私が慌ててそう言うと、彼は少し考えて「…例えばそういう、自分の魅力を自分でわかってないところ?」と言った。

「…いや、それじゃわかんない!」

「そんなの面と向かって聞かれても、答えるの恥ずかしいんですけど。僕と付き合ってくれるなら、どこが好きか一から十まで教えてあげてもいいですけど」

「…!それはずるい!」

「品田さんだって色々ずるいですよ。僕の気も知らないで僕に恋愛相談なんかしたりしてさ。お互い様です」
そう言って、茫然とする私を残して島崎くんは自席に戻っていった。

「本当に急ぎませんから、ゆっくり考えてください。僕の気持ちはそうそう変わりませんからね。…じゃ、僕はそろそろ帰りますよ」

言いながら彼は帰り支度を始める。

「品田さんはまだ残りますか?」

「う、…うん、切りのいいところまでやって帰る…」

「じゃ、僕はお先に。女性が遅くまで仕事してたら危ないですから、終電より前に帰ってくださいね」

「あ、ありがとう。…お疲れさま」

「お疲れさまでした」

島崎くんは可愛い顔でにこっと笑って帰って行った。


彼が見えなくなった後で、私はバタッとデスクに突っ伏した。

「な…なんなのあれ?うそでしょ?」

私のことは一年ぐらい前から気になっていた、と言っていた。
私が彼の教育係になって、先輩面して色々教えていたあの時から…そんな風に思われてたってこと…?


(ああ。初めての後輩に、私が一人前に育てるんだって母の気持ちで張り切ってたから一度もそんな風に意識したことがなかった…。島崎くん、ごめん…。ほんとごめん…)
とりあえず切りのいいところまでと言ったものの、頭の中はぐちゃぐちゃで、その後仕事は全く進まなかった。


山神さんにことごとく振られ続ける一方で、島崎くんに告白されるって…。


何これ?
何で急に、こんなことになってるの?
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