結婚願望のない男


「品田さん、何緊張してるんですか?」

ワタナベ食品との第一回目の会議──オリエンの日。
会社を出た途端、島崎くんがいたずらっ子のような笑みを浮かべて言った。

「別に…緊張なんかしてないし」

「僕と二人きりだから?それとも行き先がワタナベ食品…山神さんのいるところだから?」

「もう!からかわないで」

私が緊張しているのはまさに彼が言った通りの理由だ。両方とも、正しい。鋭い彼にすぐに見抜かれてしまうのは何だか悔しかった。

「メールのccにも山神って人はいなかったし、さすがに会うことはありませんよね。ていうか、連絡ももう取ってないんですよね?」

「連絡なんて…してないよ。そもそも彼の連絡先も、会社支給の携帯番号しか知らないし。…っていうか、もういいから!その話は!」

「別の話がいいですか?じゃあ…僕の告白の返事の話とかしてくれます?」

「……っ」

「冗談ですよ。まだ品田さんが迷ってるの、見てればわかります。品田さんはすぐに顔に出るんですから」

島崎くんは困る私の顔を見てとても楽しそうだ。やっぱり彼は少し腹黒いところがある。

「…はぁ。島崎くんが鋭すぎるのよ…。もうこれ以上いじわるしないで。本当に怒るからね」

「はぁい、わかりました品田先輩!」

「…でも、そうだ。一応お礼は言っておく」

「お礼?なんのですか?」

「この案件、また私が課長に叱られないようにと思って立候補してくれたんでしょ。前々から、ちょっとしたことでも課長との間に入ってくれてるよね。島崎くんも忙しいのに…気を遣ってくれてごめんね、ありがとう」

「ははは、そんな大げさな。下心があるだけですよ。品田さんと一緒にいる口実が欲しいだけ」
彼はそう言って、歩く速度を速めて数歩前に出る。

「ほら、早くしないと遅れますよ」

その顔は少し赤くなっている気がした。彼は器用な男で、これまでにも私と課長の仲がピリピリしないように気を遣ってくれていることがたびたびあった。例えば、課長に報告しなければいけないことがあるときは私と課長が一対一にならないように間に入ってくれたり、私の代わりに報告してくれたり、部の飲み会で隣の席にならないように誘導してくれたり…。彼は本当に隙のない、優秀な後輩なのだとしみじみ思う。

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