隣は何をする人ぞ~カクテルと、恋の手ほどきを~
軽く睨むと、五十嵐さんはごまかすように笑った。
私達を乗せて上昇したエレベーターは五階に到着して、それぞれの部屋で立ち止まる。

「今日は、ありがとうございました」

最後にもう一度お礼を言って、鞄から鍵を取り出して、ドアノブに手をかける。

「莉々子ちゃん」

五十嵐さんが、私の名前を呼んだ。下の名前で。昔からそう呼ばれていたようなさりげなさで。

「昨日の服もいいけど、そういう格好もよく似合ってる」
「へっ?」
「じゃ、また」

不敵な笑みを残して、五十嵐さんは先に部屋の中に消えていく。
言い逃げだ。完全にからかわれてる。ずるい。
私は五十嵐さんの下の名前すら知らないのに。たぶん二年前に引っ越してきた時に名乗ったフルネームを、ちゃんと覚えていてくれたんだ。聞けばよかった、私も彼の名前を。

その日の夕方、私は親友に失恋報告をした。重く伝わらないように、絵文字を付けて「フラれちゃったよ」と。メッセージを送ったあとは、なぜか心が軽くなった。
< 12 / 68 >

この作品をシェア

pagetop