隣は何をする人ぞ~カクテルと、恋の手ほどきを~
語尾をすぼめながら、謎の報告をしてしまう。本当は逃げ出したかったけれど、それではおかしい人になってしまうから、せめて「なんてことはない」と装いたい。
とくに返事を期待していなかったのがわかったのか、五十嵐さんは黙ってグラスを拭いていた。
私はそんな五十嵐さんを不思議な気持ちで見ながら、結局、出されたオレンジジュースに口をつけた。

「すっぱい……」
「だろうね」

すっぱくて、すこし苦いオレンジジュースを、結局私は全部おいしく頂いた。


     ◇ ◇ ◇ ◇


バーを出て、そのままとぼとぼと歩いて家に向かう。ここから徒歩でたった十分。でもヒールのある靴が、足取りを重くする。
それまで少しだけ大人の女性に変身できるアイテムだと思っていた、細めのヒールのついたパンプスが、急に不似合いなものになった気がした。

「ぎゃっ……」

きれいな歩き方がわからなくなって、かかとを歩道のタイルの溝にひっかけてしまう。パンプスは足から離れ歩道に無造作にころがっていった。本当に情けなくて、格好悪い。

あわてて拾い上げようとするが、私より大きな手が先にそれを掴む。

「大丈夫か? 足はひねってない?」

五十嵐さんだった。お店で見た時のままのベストとシャツ。黒の蝶ネクタイは外されていたけれど、胸のポケットからはみ出ている。きっとあわてて追いかけてきてくれたのだろう。

彼は片膝を立ててしゃがみこむと、「どうぞ」とパンプスを立て、私が履きやすいように抑えてくれた。

「あっ、ありがとうございます……」

その仕草が大袈裟ではなくあまりに自然だから、優しさが染みて、こらえていたものが決壊してしまいそうになる。
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