王太子殿下の花嫁なんてお断りです!
オリヴィアが、何を見たのか、何を聞いたのか、何を話したのか、何が起こったのか。それは掬い上げればさらさらと零れ落ちていくようなとりとめもないことばかりだけれど、オリヴィアにとっては何にも代え難い大切な日々だった。


「…帰りたい」


アンスリナの美しい自然や、楽しそうな領民達の笑顔を思い出すと、どうしてもそう思わずにはいられない。

こんなにも豪華絢爛な場所にいても、オリヴィアが今一番居たいと思うのは温かいあの場所なのだ。


一刻も早く帰りたい。

そのためには早く嫌われなければならない。

もうここにいる必要はないと、花嫁には選ばないと、王太子殿下にそう言われなければならないのだ。

オリヴィアは手帳を抱きしめて立ち上がる。決意に満ちたその瞳は凛と未来を映し出した。

丁度その時、こんこんと部屋の戸を叩く音が聞こえた。そちらに目を向けると、「し、失礼いたします」とメイが縮こまった様子で部屋に入ってきた。


「メイ? どうしたの?」


メイはいつになく緊張している様子だった。動きも表情も硬く、領地の屋敷にいるときよりもずっと挙動不審だ。

メイは侍女にしては少しドジなところがある。彼女の少し抜けたところが、オリヴィアは変わっていて好んでいるのだけれど、それを一度も口にしたことはない。


「何かあったの?」


そうは尋ねても、まるでギギギと音がしそうなほどゆっくりと首を左右に振るだけで明快なことは何も言わない。

本当にどうしたのだろうか。オリヴィアが心配していると、メイはようやくその重たい口を開いた。

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