イジワル同期は溺愛パパ⁉ でした

「キスしてもいい?」

吐息がかかるほどの至近距離で尋ねてくる安藤に返す言葉は、もちろんこれしかない。

「ダメに決まっているでしょ」

私と安藤はただの同期。今は同じ屋根の下で一緒に暮らしているけれど、キスするような仲ではない。

安藤はどういうつもりで、キスを求めてきたの?

安藤を拒んだくせに、キスをねだってきた理由が知りたくてたまらない。

答えを求めるように安藤の澄んだ瞳を見つめた。

「穂香って素直じゃないよな」

安藤がクスッと小さく笑う。

私が素直じゃないのは、安藤のせい。自分をからかっておもしろがる相手に対して、素直になれるわけがない。

それに『素直じゃない』って、私が安藤とのキスを望んでいるようじゃない?

「変なこと言わないで……んっ」

彼女でもない私にキスを求めてくる安藤に言い返した矢先、ふたつの唇が重なった。

安藤の唇は想像以上に熱くて柔らかい。唇に感じる彼の温もりが心地よくて、思わず瞼を閉じた。そのとき、安藤の唇がすっと離れる。

「穂香、おやすみ」

「あ、うん。おやすみ」

お互いの唇が触れ合っていたのは、いったいどれくらい?

短すぎるキスに戸惑いながらも挨拶を返すと、私に背中を向けた安藤が寝室から静かに出て行った。

いったい安藤は、どういうつもりで私にキスをしてきたのだろう……。

安藤を追い駆けて、その答えを聞く勇気はさすがにない。

悶々とした気分になってしまうのは、余韻に浸る暇すら与えられなかった短いキスのせい?

唇にそっと手を触れてみても、もう安藤の温もりは残っていなかった。

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