ハイド・アンド・シーク


それに、なんだかんだ言いながらも最初にあの名誉会長に声をかけたのは他でもなく徳田さんだ。

明らかにトラブルになりそうな人に自ら声をかけに行ったあの勇気は私にはなかったから、そういう部分は見習わなくちゃとも思う。
野崎さんの二の舞になりそうだと怖気付いた私より、徳田さんの方がすごいと純粋に感じたのだから。


「森村さんの、セレブ仕様には参ったね。あれで会場の雰囲気が一気に和んだもんなぁ」

宴会も終盤に差しかかった頃、いつの間にやらほぼ接点のない営業部の部長が私の隣に腰かけて赤ら顔でビールを飲んでいた。
功労賞は君だと言いながら、楽しそうに串揚げを口に運ぶ。
空いたグラスにビールを注いで、私はやや困りながら微笑んだ。

「読みづらい資料をフォローしてくださり、ありがとうございました」

「いやいや、そんなことなかったよ。それにしても、専門的な話じゃない方が良かったとはね。一応、事前にクライアントの社長さんからも、コンペには名誉会長がいらっしゃることは聞いていたんだよ」

「そうだったんですか」

「うん。でもまさかあんな風に最後列で若手社員に紛れてるなんて想像もしてなかったからね」

ゴリゴリ専門用語を並べまくっていたライバル社のプレゼンは、当然ながら名誉会長の意にそぐわず。
うちの会社みたいに砕けた資料やプレゼンは出来ないのかと問いただされ、あちらの担当者がバツが悪そうに「用意はございません」と小さく答えていたのがなんともやるせなかった。

名誉会長は現社長が昨年就任したタイミングで現役は退いたものの、一人息子である社長の働きを数年は後ろから援護するつもりで大事な時にだけ顔を出す約束をしているのだという。

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