光のもとでⅡ+

想定外のプロポーズ Side 蒼樹 01話

 ※ 本編19話あたりのお話です。

「蒼樹たち、なんでこんなに買い込んだんだよ」
 秋斗先輩にそう言われてしまうくらいには花火が残っていた。
「いやー……もうなんていうか、深夜テンションで買い込んだとしか言いようがないですね、お恥ずかしい……」
 さっきまで翠葉たちも一緒に花火を楽しんでいたというのに、まだ半分近くの花火が残っていた。
 それを女子三人が撤退したあと、男五人で必死になって消化しているのだから、なんとも言えない状況だ。
 しかも、五人のうちのひとりはほぼほぼ傍観を決め込んでいる。
 そんな司のもとへ花火を持って近づくと、さも迷惑そうな顔で「何か?」と言われた。
「司も協力してよ」
 言って司を座らせ、自分と司の間に大量の花火を置く。と、司は渋々ながらにも三本持ちで面倒臭そうに花火を点火し始めた。
 もう「楽しむ」を通り越して、「消化」の一途だな、などと思っているところへ翠葉の声が耳に届く。
「恋愛相談……? 桃華さん、蒼兄とうまくいってないの?」
 その言葉に心臓がドクリと変な動きをする。
 桃華の返答は……?
「仲はいいの。仲はいいのだけど……」
「桃華さん……?」
 翠葉の呼びかけに桃華は答えない。
 この先にどんな話が続くのかは想像ができなくはない。けれど、桃華がこんな思いつめた声で人に相談するほどとは思っていなかった。
「……御園生さん、簾条とうまくいってないんですか?」
 不意に司にたずねられ、
「いや……桃華もそうは言ってないだろ――」
 そんな曖昧な返答しかできなかった。
 実際仲が悪いわけではない。けど、こんなふうに深刻めいた雰囲気の相談をさせてしまっている理由は自分にある。
「桃華さん、私から話してもいいかしら?」
「はい……」
 桃華の消え入りそうな声に、胸が締め付けられる思いがした。
「桃華さんはその……蒼樹さんと男女の仲になりたいそうなのだけど、なかなか蒼樹さんが踏み切ってくれないらしくて……」
 ダイレクトすぎる雅さんの言葉に心臓を鷲掴みにされる。そして、隣からはもの言いたげな目で見られ、思わず顔を背けてしまった。
 司の目は「なんで」と言っている気がしたけれど、「なんで」ってそりゃ――……わからないか。司は同い年の翠葉と付き合っているわけで、こんな悩みに直面することはない。
「ねえっ、どうしたら手を出してもらえると思うっ!? どれだけ雰囲気作りをしても何をしても、まったく流されてくれないのっ」
 いつもの桃華からは想像もできない声音だった。
 単なるガールズトークではない。本人にとっては真剣で深刻な悩み事。
 桃華がそういう関係を望んでいることは知っていた。知ってはいたけど、こっちも真剣に考えるからこそ先に進めずにいるわけで……。
 そうこう考えていると、隣の司が動いた。もっと言うなら、席を立とうとした。
 でも、それはちょっと待って――
 司の手を掴み情けなく見上げると、
「なんで俺が……」
 そりゃそうだ……。でも、もう少し付き合ってほしい。この場にいてほしい。
 そんな目で見ると、司は上げた腰を再度下ろしてくれた。
 七歳も年上なのに情けないことこのうえない……。けど、これをひとりで聞く勇気は持ちあわせていないんだ。
 そこへ、
「暗い顔して何かあったの?」
 秋斗先輩たちが残りの花火を持ってやってくる。
 気づけば男五人大集合な状況に何も言えずにると、切実そうな翠葉の声が耳に届いた。
「蒼兄は、桃華さんのことをとても大切に想ってるよ?」
「それはわかってる。わかってるけど、ただ大事にされたいんじゃないもの……」
 あぁ……桃華は切羽詰まるとこんな声で、こんなふうに話すんだ。
 どこか冷静に、そんなことを思っている自分がいた。すると、俺の正面に座り込んだ蔵元さんが、
「蒼樹くんのとこは年齢差があるから難しいよね」
 と苦笑を見せる。
 本当に……。
 いつかの秋斗先輩と翠葉と似たり寄ったりな感じで……。
「でも、桃華っち、かなり思いつめてるっぽいよ? あんちゃんどうすんの?」
 どうすんの、って言われても――
 桃華の両親に交際の許しは得ていても、関係性においての親密さはやっぱり慎重にならざるを得ないわけで……。
「キスをするまではそんなに時間かからなかったのに、エッチはどうしてだめなんだろう……」
 四人から「へぇ、そうだったんだ?」的な視線を向けられ、俺は俯いて視線をやり過ごす。
 でも……そうでした。ソウデシタネ……。キスまではそんな時間かからなかったっていうか、自分を制御できずに桃華の家の前、しかも車の中でしちゃったんだよな……。
 自分の至らなさを思わず嘆きたくなる。
 桃華の悩みに答えられるだけの要素を翠葉は持っていない。だとしたら、それを買って出るのは雅さんなわけで……。
「それは年の差を気にしているからじゃないかしら? 普通に考えて、未成年と成人が付き合う場合、淫行条例とかあるわけだし……」
「私たち、『淫行条例』が適用するようなお付き合いはしてませんっ。両親だって交際は認めてくれてますっ」
 はい、わかってます。そんな付き合いはしてません。でもですね、世間一般的には未成年と成人の交際ってやっぱ色々問題があるわけで、そのあたりは社会人側の俺が考慮しなくちゃいけない部分なわけで……。
 いくら大人びて見えるからとはいえ、桃華はやっぱりまだ高校生なんだよな……。
 その高校生の桃華にどう話したらわかってもらえるのか、俺はもう少し真剣に考えなくちゃいけなかったし、曖昧にかわしてくるだけじゃいけなかったんだ。
 そんな後悔をしていると、
「それでも、周り――世間的には難しい部分があると思うわ。交際の深度というか、親密さは蒼樹さんにとってリスクになりうるものよ」
「わかってます。わかってるんですけど――」
 頭で理解できていても心が伴わないことがある――
 そういうものだよな……。
 きっと女子三人じゃこの話は収拾がつかない。それこそ、俺がきちんと桃華と向き合って話すべきことだ。
 俺は深く息を吸い込み、痺れのきている足を叱咤して立ち上がった。
「ちょっと行ってきます」
「がんばれ」
 秋斗先輩の言葉に送り出され、室内に立ち入る。そして桃華の背後に立ち、
「立ち聞きごめん……。ちょっと、桃華を借りてもいい?」
 翠葉は救世主が現れたみたいな顔をしているし、雅さんは呆れたような少し困ったような顔で桃華を送り出してくれた。
 桃華は目尻に涙を滲ませていて、そんな桃華の手を引き外へ出ると、入れ替わりで唯たちは屋内に入り窓を閉めてくれた。
 俺はガーデンテーブルの椅子に桃華を座らせ、その正面に腰を下ろす。すると、
「あんちゃん、これ桃華っちに」
 唯がフリースのひざ掛けを持ってきてくれて、それに礼を言うと、唯はすぐに屋内へ戻った。そして、ご丁寧にレースカーテンまできっちりと閉めてくれた。
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