光のもとでⅡ+

Side 司 01話

 バーベキューなど、もともと乗り気ではなかった。ただ、翠が行くというし、楽しみにしているみたいだから一緒に来ただけで……。
 そんなことを思いながらラウンジチェアーに身を預け、持ってきた本を顔に被せて直射日光から目を守っていた。すると、
「翠葉ちゃん、お肉焼き始めるから拓斗たち呼んできてくれるー?」
 美波さんの言葉に翠は快諾した。その直後、トン、と重みのあるものが膝の上に乗せられる。
「煌くんお願いしてもいい?」
 翠は俺が返事をする前に拓斗たちを呼びに行く。
 俺の膝の上に乗せられた煌は、「うーあー」と言いながら俺の前髪に手を伸ばす。
「やめろ」
 ペシッと煌の額に手をつけると、髪に手が届かないことを不服に思ったのか、煌が膝の上で暴れだす。
「暴れるな」
「司、そりゃ無理な話だよ。煌にとっては目に映るものすべてがおもちゃだもん」
「だったら兄さんが面倒見ればいいだろっ?」
「俺は鉄板奉行中ー! ちなみに、食べ終わるまで面倒見ててよ」
「冗談」
 そんな会話をしているところへ海斗たちが戻ってきた。
 ふたりは俺に視線をよこすとどこかそわそわした様子で、義姉さんから紙皿を受け取る。そして、頑なに翠へ背中を向けているように思えた。
 何……?
 ふと翠に視線を向けると、目を疑いたくなるような光景がそこにはあった。
「あんのばかっ――」
 俺は無言で義姉さんに煌を押し付け、自分が着ていたシャツを脱いで駆け寄る。
 そこら中に家族連れの人間がいたり、酒が入ったような男どももいる。
 そんな中、翠はブラが透けたTシャツで、いっそ清々しいほどの笑顔で歩いてくる。
 俺の顔を見るなり、
「どうしたの? お肉焼くって――」
 最短距離で翠に到達すると、バサッとシャツを被せる。
「ちょっと来いっ」
 俺は翠の手首を取り車へ向かって歩き出した。
 幸い、車のキーは俺が持っている。
「え……? でも――」
「いいからっ」
「……ツカサっ? 前見えな――」
 前が見えるとか見えないとかそういう問題じゃないんだよっ――
「見えてるからっ」
「え……?」
「下着、透けてるっ」
「えっ――あっ、きゃっ」
 気づくの遅すぎ……。
 現に、翠の様相に気づいた男たちが薄ら笑いでこっちを見ていた。
 そいつらから庇うように翠を引っ張り自分の前を歩かせる。
「ごめん、ありがとう……」
「頼むから、その無防備さだけはどうにかして」
「だって、気づかなかったんだもの……」
「それは仕方ないとしても、ほかの男に見られるな。それから、俺にも見せるな」
 とはいえ、こいつのことだからほかの男の視線があったことにすら気づいてはいないだろう……。
 翠の男性恐怖症は未だ治っていない。ただ、学校の人間は信用に足る人間が多いということに気づいて大丈夫になったのと、その他大勢の男は視界に入れないようにしている聞いたことがある。
 つまり、外野の男など蚊帳の外。
 それ自体はいいのだが、翠の格好如何によっては勝手が違ってくる。
 車に着いて少し心に余裕が持てたからか、
「それ着てていいから」
 やっとその一言を口にできた。
 しかし翠は、
「でもこれ、私が着ちゃったら、ツカサが日焼けしちゃうよね?」
 このバカは何を言い出すのか――
「俺が自分の肌と翠のそれ、どっちを優先すると思ってるわけっ!?」
 一気に沸点を越えた俺は、問い詰めるように翠へ詰め寄っていた。
 翠は縮こまって、
「ありがたく着させていただきます……」
 翠は器用に着替え始め、あっという間に塗れたTシャツを脱ぎ去った。そして、
「その代わり、日焼け止め――ふたつ持ってきていて、ひとつはここにあるはずなの」
 と、大きなトートバッグを漁り始める。
 それはないよりあったほうが嬉しくて、翠が探すのを待っていると、日焼け止めを見つけた翠がカシャカシャと容器を振り乳液状の日焼け止めを手に出した。
 いやな予感がした直後、翠の手が首筋へ這わされる。
「自分でやるからっ」
「でも、手に出しちゃったから……」
 翠はなんの気なしに首筋へと手を這わせる。
 正直、ついさっき下着の透けた翠を見て若干興奮状態にある自分が恨めしい。
 今、翠に触れられたらたまらない。我慢ができなくなる。
 感情のせめぎ合いをしている反面、翠に痛い目を見せたくもあり、気づけば俺は車のシートを倒していた。
「っ、ツカサ……!?」
「だからさ、さっきから煽るなって言ってるんだけど」
 真っ直ぐに翠の目を見据え、危機感を持たせるためなのか自我なのかよくわからずに翠の首筋へ唇を這わす。
「ごめんっ、そんなつもりはなくてっ――」
「余計に性質が悪い」
 半ばヤケになってキスを繰り出すと、思いもよらない声が割り込んだ。
「司ー? 翠葉ちゃーん? お肉焼けてるから早くおい――」
 ガラ、とドアが開いてなんとも言えない気まずさが漂う。
「悪い。ごめんごめんなんでもない……」
「かっ、楓先生っ!? なんでもないですっっっ」
「兄さんっ、なんでもないからっっっ」
「いやいやいや。若いふたりですからね……」
「楓先生っっっ、行かないでっっっ」
 翠は縋るように兄さんを呼ぶし、俺も引くに引けなくなって兄さんを呼び止めた。
「ま、とにかく、早く来なさいね? お肉なくなっちゃうよ~? 海斗たちがすごい勢いで食べてるから」
「わかった。翠、戻るよ」
「は、はいっ」
 あああああ、失敗した……。
 なんで車のロックをかけておかなかったんだ……。それ以前に、何も車の中でわからせようとしなくてもよかったというかなんというか……。
 チラ、と翠を盗み見ると、ものすごく恥ずかしそうに顔を赤らめている。
 こんな顔をした翠をみんなに晒すのは正直気が進まない。こんな顔を見られようものなら何を連想されることか――
「翠、顔洗いたいから水場に付き合って」
「う、うん」
 俺たちは程よいインターバルを置いてからみんなのもとへ戻った。

 戻るなり海斗と佐野がおもむろに翠を見たまま硬直する。
 今度はなんなのかと思えば、俺のシャツを着た翠はシャツの下にはいているショートパンツが見えない状態で、なんともいかがわしい格好に思えなくもない。
 俺は急いで翠を捕獲し、シャツの裾を内側に折り込み、前で結ぶことで服装の変更を試みる。と、海斗が「ぐっじょぶ!」と親指を立てて見せた。
 ぐっじょぶじゃねぇ、ばかやろう……。もとはといえば、おまえたちが翠に水を当てるからこういうことになったのであって――
 そう思ったらむしゃくしゃに拍車がかかり、海斗が箸を伸ばしていた先にある肉を奪い取ることで憂さ晴らしをした。
 バーベキューが終わると、大人たちはノンアルコールビールを片手に寛ぎ始める。
 一方海斗や拓斗たちはウォーターガンで打ち合いをしていて、年甲斐もなくはしゃいでいた。
 翠はというと、義姉さんと煌と一緒に川辺で遊んでいる。
 その様子を遠目に見ていると、
「おまえも若者らしく遊びに混じるなりなんなりしろよ」
「もともと遊びに来たつもりはない」
「へーへー。司は翠葉ちゃんが気になって一緒に来ただけだもんなー」
「わかってるならかまってくれなくていいから」
「司くんはぶれないわよねぇ」
 美波さんの言葉に兄さんと崎本さんが「ははは」と笑う。
「でも、翠葉ちゃんが秋斗くんじゃなくて司くんを選ぶとは思わなかったわぁ」
 余計なお世話だ……。
「私だったら絶対秋斗くんを選ぶわっ! 秋斗くんったら顔よし頭よし稼ぎよしの三つに加えて根っからのフェミニストよっ!? 司くんなんて無愛想もいいところじゃない」
「美波さん、言わないでやってください。これでも、翠葉ちゃんの前ではよく笑うんですよ?」
「ウソッ!? ちょっと笑ってみてっ!?」
 応える気はさらさらなく、先ほどと同じ様に文庫本を顔に被せて寝の体勢に入った。

 帰りの車の中で翠は寝てしまい、マンションに着いても起きる気配がない。
 何度か声をかけたが起きなかったため、翠を抱えて十階へ向かった。
「司、寝てる翠葉ちゃんは襲うなよ?」
 にやりと笑った兄さんを足蹴にして家へ向かうと、高崎さんがドアを開けてくれた。
「今日の御園生家の予定、わかりますか?」
「蒼樹と碧さん、零樹さんは幸倉で仕事です。確かお客様の都合で夜八時くらいまで帰宅できないようなこと言ってました」
「唯さんは?」
「唯くんなら秋斗先輩のところでこき使われてます。昼食を届けたときに、夕方には解放してほしいって泣きついてたけど、どうですかね? 仕事が結構詰まってるみたいだったので」
「じゃ、翠がうちにいることだけ伝えといてもらえますか?」
「かしこまりました」

 主寝室のベッドに翠を寝かせ、ぐっすりと眠る寝顔を見て幸せな気分になる。
 髪の生え際の髪を梳いてやると、まるでじゃれるように手に摺りついてくる。
 その様子がかわいくて、なかなかやめることができなかった。さらには露になった首筋に誘われ指を這わせると、
「ツカサ、だめ……」
 寝ているはずなのに、俺の名前をはっきりと口にした。
 こんなことをするのが俺だけと思っているのか、またはこういうことをする関係にあるのが俺だけと思っているからこその言葉なのか。どちらにしても、なんだか嬉しかったのは確かで……。
「だめだな……」
 このままここにいたら、寝てる翠に悪さをしてしまいそうだ。
 俺は後ろ髪引かれる思いで、汗を流しにバスルームへ向かった。
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