恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 大恩は、どんなタイプの子だろう。

 おとなしくても、なにかの拍子に突然噛みついてくるかもしれないから、気が抜けない。

 まだ生後九ヶ月、もう生後九ヶ月。

 知恵がついてきたから、どんな行動に出てくるか。

「本当は日帰りオペだったのにね。お母さんが、お迎えに来られないんだって。いい子さんは病院に、お泊まりできるよね」

 大恩ったら、にこにこ笑いながら私の顔を見ている。

 お母さんが、お迎えにいらっしゃらないって、わかっていないでしょ。

 オーナーは、社交的で穏やかな五十代の明るいご婦人。

 女手一つで育てた息子さんは、独立されたからひとり暮らし。

 話し相手にと大恩をパートナーに迎え入れたんだって。

「大恩、オーナーが早く耳の異変に気づいて連れて来てくれてよかったね。お耳が垂れたまま戻らない子もいるんだよ。お耳が立ってよかったね」

 もちろんオペで執刀した、院長の腕のおかげでもあるしね。

「大恩、顔立ちがバランスよく整ってて可愛いね。成犬になったら、あなたはイケメンさん」

「大恩はタヌキ顔だな」

 胸もとを撫でながら、微笑む院長の言葉に応えるように、大恩が気持ちいいよって目を細める。

 大恩は、いつまでも今の子犬のままの陽気さや無邪気さが、成犬になっても残るのかな。

 今みたいに攻撃性がないまま、愛想よく振る舞うのかな。

 凄く好奇心をそそられて興味深い。

「大恩が珍しいか」
 院長が処置を施しながら聞いてきた。

「大恩は穏やかで平和主義で、笑顔も性格も可愛い永遠の生後三ヶ月」

「ユニークな発想だ」
 ちらりと瞳だけで私を見る口もとは、少し口角が上がっている。

「前髪、見づらくありませんか」

 返事のしるしに頷く仕草は素っ気なく、そして無頓着。

 いつも前髪の向こうにいる動物に、意識が集中しているから、気にならないのかな。

「フェーダーの意味は、なんですか」
「さっきの続きか。羽毛や羽」

 病院の前に小さな箱に入れられて、捨てられていたんだって。

 まだ生まれたてで、ふわふわの羽毛みたいな綿毛だったから、名前はフェーダー。

「その日から人工保育ですよね」

「数時間おきのミルクに排泄処理にと、あのころは昼も夜もなかった」

「母親代わりの院長は仕事と子育てで、さぞや大忙しだったことでしょうね」

 労えば平然としていて、そんなの当然なんともないって顔。

「なんにもわからない時期に捨てられて、本能で孤独を感じて不安だったんでしょうね」

「また捨てられる不安や恐怖心があるのかもしれない。それに、まだまだ母猫に甘えたかっただろうし」

「フェーダーが群を抜いて、底なしの甘えん坊さんなのは、もう捨てられる心配がないのがわかってるからですよ」

 眼球が微動だにしないほど、大恩の処置に集中していた院長の瞳が微かに揺れた。
< 15 / 239 >

この作品をシェア

pagetop