恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
第十六章 愛の強さと抱き締める力は比例する
 寝室のドアを開ける、院長のうしろから覗くと、室内はモノトーンで統一されて、家具は低い位置に配置され、よけいなものは置いていない。

 部屋にも無頓着なのか、それともこだわりがないのか。

 壁際には手足を持て余す、すらりとした長身にぴったりの、キングサイズのベッドが、部屋の主みたいに配置されている。

 なんて実は、緊張で胸が爆発しそうなほど余裕がないくせに、ちらりと目だけで室内を見渡している。

「気に入ったか」

 分厚いカーペットの上を、院長が無音で進んでいく。なんなのか現状がわからないまま、上の空で頷く。

「気に入ってよかった、これから頻繁に来る部屋だから」
「頻繁?」

「頻繁じゃ物足りないか、毎日がいいのか。体がもたない、川瀬の。それとも冗談だよって、今すぐこの部屋から連れ出してほしいのか」

 反射的に、首を横に高速で振って否定した。

「どっちが嫌なんだ」
 笑いながら両手を広げて、肩をすくめる院長。

「保留するか」
 私の手を取り、長い足を軽く上げて出口のほうへ歩こうとする。

 でも、院長の上体は足についていかず、そのまま背中を反って、首だけ振り返って見ている。

 私の行動が意外だったみたい、大胆な行動で一番驚いたのは張本人。

「可愛いな、俺のスクラブの裾をぎゅっと握り、じりじり後ずさりしたのか。出て行くことが嫌なのか」

 ふだん動物に話しかけるような口調で、あやすように微笑みかける院長の優しい目が眩しくて、静かに下唇を噛む。

 自然の流れのように手を引かれて、まるで足もとに地面がないみたいな夢見心地の中、心任せに院長に導かれ、体がベッドに吸い込まれて沈んだ。

「あのときと階が違います」
「あのときはゲストルームだった。今は恋人だけを入れる、俺のプライベートルームだ」

 そんな部屋に招かれて、私の右隣では院長が肘枕をして、余裕な顔で微笑んでいる。

 どうして、にこにこ余裕でいられるの。私には、とても無理。

 呼吸の仕方を忘れたみたい、どうするんだっけ。息が止まって気絶しちゃいそう。

 心臓は、背中から押されているみたいに激しく鼓動を打ちつけて、体は緊張で固まったまま。

 視線は泳いで、院長をまともに見られない。

 院長は、頬も目元も口角も緩めて、恥ずかしくなるくらいに見つめていたと思ったら、私の左頬に触れて、親指で気持ちよさそうに撫でる。

「リラックス」

 院長の親指が、私の唇を優雅に撫でるから、心臓が体中を弾んで駆け回っているみたい。
 リラックスなんて無理、体が棒みたい。

「胸のどきどきが激しくて、体が熱くなったら爆発しちゃいそうです」

 仰向けで両手を胸に置き、鼓動を鎮めるのが精一杯。息ができなくて、喉がつっかえそう。

「院長、聞いてましたか」
「聞いていない」
 言うや否や微笑みながら、ふわりと体を重ねてくると、柔らかな唇も重ねてきた。

「体が熱くて、俺のほうが先に大爆発しそうだ」
 キスをしたまま熱く囁くと、上体を起こして微笑む。

「川瀬が恋しくて、もう我慢できない」

 スクラブの裾にかける両手の隙間から逞しい腹筋が見えて、あっという間に脱ぎ捨てた。
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