恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「未熟な自分をしっかりと受け入れられて、なおかつ将来の自分にならできると、信じられるかどうか」

 結論を出した海知先生が、喉仏を動かしながらビールを飲む。

「未熟を認めるのが怖いか、悔しいか」

 言い当てられた感じが、素直に認められない。

「今、しっかりと認めて受け入れることを怖れるな。将来はできるんだよ、信じればできるようになるんだよ」

 戦いのように鋭く交わす目と目が、お互いを捉えて離さない。

 まるで吸い込まれそうな海知先生の強烈な瞳の力を、私の方が吸い込んでやる勢いで見つめ返す。

「ただし川瀬が自分は未熟じゃないなら。それと、保科さんを辞めたい気持ちも変わらないっていうのなら、川瀬には関係ない話だ。この話は忘れてくれ」

 真顔だった海知先生が、あっさりとした顔に変わりメニューを手に取る。

「なに飲む?」

 アルコールをオーダーする海知先生が、私にも聞いてきた。

「海知先生」

 つい、すがるような間延びした語尾になると、「なんだよ」って笑う。

「焼酎ロックお願いします」

 笑われたのがカッコ悪くて、澄まして答えた。

 メニューを立てかけていたら、海知先生が口を開く。

「川瀬は保科さんとは合わないのと、院長の心境がわからないことで辞めるんだよな」

 まだ、そこまでは言っていないよ。

「どうせ保科さんに残ってても、小川のレベルが高すぎるのが忘れられなくてダメだよ」

 一方的に決めつけないでよ。

「な、どうせ無理、川瀬に保科さんの仕事なんかできっこない」

「どうして決めつけるんですか。保科でだって私はできます。たしかに今の私は、院長にきつい言い方をされてる未熟者ですよ。でも自分ならできますから!」

 強い語尾に身ぶり手振りを交え、すべての気持ちを込めた。

 私の熱量に反して、海知先生がにやにやしている。

「私にできないことはないです!」

 なにがおかしいの、こっちはムキになるほど凄く真面目な話をしているのに。

 あああ、茶化されている気がして、声を上げちゃいそう。

「負けず嫌いを動かすのは、いともたやすい。武士に二言はないぞ、しっかりやれよ」

「あっ」
 すっかり煽られた。

 俯いてテーブルの下でスカートの裾を、ぎゅっと握った。

「まんまと俺の術中に、はまって悔しいか」

 また、ひらがなで笑うから、頬を膨らませて顔を上げた。

「そんな顔しても可愛いと思うなよ」
 真顔で説いてくる。

「思いませんよ」
 無意識だってば。

「やることやって、気力がなくなって弱ってるなら、とことん甘えさせてやるよ。でも、今の川瀬は気力が充実してる。だから甘えるな、俺は徹底して突き放すからな」

 きつい言葉の裏に隠れた優しさが溢れ出す。

 海知先生と私は同志みたい。

 なんて言ったら、おこがましいのは百も承知。

「海知先生に鍛えられたおかげで、私は小川で認められたと思ってます」

「保科院長のもとにも、小川でつけた自信をもっていけよ。川瀬なら、どこでだって通用する。敢えて言うよ、頑張れよ」

「以前、海知先生おっしゃってましたよね。気力も体力もない人には、頑張れなんて酷すぎて言えないって」

「必要なのは、それなんだよ。忘れるな」

「どうして必要なのか教えてください」
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