恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
第三章 投げられた石で壁を作る?橋を作る?
 それから数日後、ルカは何度も大きな山を乗り越えたのに容体急変で意識低下となり、さまざまな手を尽くすも意識は戻らなかった。

 いつかはと覚悟はしていた。

 でも、まだ数十日は生きられると思っていたから、突然の出来事を受け入れられない。

 ルカ、あなたあまりに呆気なく逝っちゃったね。
 まだ信じられない、嘘でしょ? 

 スポイトであげる一滴の水さえも、受けつけられないほど衰弱したルカが、最期の力を振り絞るように、ひと鳴きした声が耳から離れない。

 込み上げる哀しい涙が、瞬きといっしょに溢れ続けるから手で拭い続けた。

「獣医療従事者が泣いてどうする。哀しみに浸っている暇はない」
 院長の眼光は鋭く、強烈になにかを訴えている。

「泣いてなんかいません!」
 そう言って顎をしゃくる拍子に涙が溢れた。

「これからは盲目的に愛さず、動物の立場を理解しろ」
 鼻柱ひとつ動かさず、瞬かない目が静かに私の目を捉える。

 今、ルカは落ちた(死んだ)ばかりなんだよ。どうして、そんなにひどいことが言えるの?

 私の心を把握しているとでも言いたげな冷えた視線を、跳ね返すように下唇を噛み睨みつけた。

 ルカをきっかけに、とうとう今までの想いが沸点を勢いよく突破した。

「院長は感情が薄い!」
 火炎が大爆発したみたいな声を上げてしまった。

 ママの前でも誰の前でも、こんなに激しく情動を駆られることなんてなかったのに、いったいどうしちゃったの?

 これを機に小川での患畜の死の鮮烈な記憶もよみがえり、ルカの死も頭を駆け回り、心から離れない。

 頭では悪いと思いながらも感情が勝手に院長に怒りをぶつけてしまい、こめかみと心臓が、どくんと脈を打ち心拍数が上がり、呼吸が浅くなって荒れる。

「川瀬に俺のなにがわかる。俺の感情が薄いと言うのなら、川瀬は現実性が薄い。描き続ける理想が夢見がちだ」

 血も騒がないような冷静な顔で説いてくる。

「いいか、よく聞け。動物の死という現実を川瀬の理想に当てはめるな」

 研いだばかりの刃先で切るような強い視線が、千の忠告にも勝る鋭さでグサリと胸を突き刺す。

 持て余している長い手足が、ロングのドクターコートの裾を煽るようにして去って行く後ろ姿を、見捨てられた感情で見つめるしかなかった。

 押し殺した低い声で突き放すような冷静な口調は、心に重くのしかかる。

 爆発した私に対抗して喧嘩腰で怒鳴ってよ。言い合って発散したら、私の心は楽になれるのに。

 入院患畜が落ちよう(死のう)が、外来患畜は容赦なく押し寄せる。
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