恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
第七章 私はドキドキ、院長は?
 二度目の代診で、海知先生が来てくださってから数日。

 今日の昼休みは、珍しくオペが一件も入ってなくてゆったりと休めて、休憩室のソファで仮眠がとれた。

 なにか聞こえた? 囁くような遠慮がちな声が聞こえる。
 ドアの向こうかな、ドアをノックしている音?

「はい」
「入っていいか」
「お父さんでしょ、どうぞ」
「失礼」って声がして足音が聞こえた。入って来たみたい。

「お父さん」
「寝ぼけている、まだ半分寝ているな。莉沙ちゃんが呼んできてくれって、首を長くして待っている」

「お父さんって莉沙ちゃんのこと知ってるの? いつも空から見守ってくれてるからなの?」
 体が温かくて、まだ起きたくない。

「わかった、いつも空に向かって、話しかけてるから覚えてくれたんでしょ。莉沙ちゃんを覚えてくれてありがとう」

 お願い、お父さん。もう少し寝かせて。寝返りを打った。

「寝かせてあげたいが、もう起きないか? 莉沙ちゃんが待ってる、川瀬」

 まだまだ深い眠りに落ちちゃう。お父さん、頭から毛布をかぶってごめんね。

「莉沙ちゃんが逢いたがっているんだ、川瀬」
 川瀬? ゆっくりと目を開けた。じっと見ても院長は院長。

「寝かせておいてくれたんですか」

「莉沙ちゃんと話が弾んでいたから。話に夢中だったから、それはない」
 素っ気ないの、本当に素っ気ない。

「目は覚めたか、階段から落ちるな」
 階段か。院長の顔をじっと見つめる私に、院長が小首を傾げる。
 
 階段って聞くと思い出してしまい、心も体も熱くなる。

「莉沙ちゃんをひとりにしておけないから、先に下りている。早く来い」
「はい」
 まだ喉が起きてなくて、むにゃむにゃな声。よほど熟睡していたんだ。

「お父さん」 
 髪から頬へと手を触れた。

 さっきまで触れられていたように、はっきりとぬくもりが残っている。

 毛布をたたんで、身だしなみを整えて二階に下りた。

「お姉ちゃん」
 くるくるした瞳とこぼれ落ちそうな笑顔の莉沙ちゃんが、駆け寄り抱きついてきて、私の顔を見上げてきた。

「莉沙ちゃん、ハッピー元気になったでしょ。やったね」
「ハッピーにも逢いたかったし、お姉ちゃんにも逢いたかった」

「お姉ちゃんも莉沙ちゃんに逢いたかった。あれ? 院長には?」
「一番」

「まあ、正直。でも嬉しい、ありがとう」
 私たちのやり取りに、院長が下唇を噛みながら困ったように微笑む。

「早くお姉ちゃんにも逢いたかったけど、先生がね、お姉ちゃん疲れてるから寝かせてあげようねって。起きてきてくれてありがとう」

 やっぱり寝かせてくれていたんじゃないの。あんなに素っ気ない態度で、素直じゃないんだから。
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