極上ショコラ〜恋愛小説家の密やかな盲愛〜
*******


「……い、おい、塚本(つかもと)! つーかーもーとー!」


不機嫌な声にハッとすると、さっきまでパソコンのキーボードを叩いていた男が、その端正な表情に苛立ちを浮かべていた。


「……なんでしょう?」

「『なんでしょう?』じゃないだろ! さっきから、俺が何回呼んでると思ってるんだ! お前の耳には、耳栓でも入ってるのか?」

「すみません」


反射的に漏れそうになったため息を飲み込んで、事務的に謝罪の言葉を零す。


「コーヒーですか?」


それから、これ以上余計なことを言われないように続けて訊けば、男は眉をしかめたまま再びキーボードを叩き始めた。


彼は絶大な人気を誇る小説家、『篠原櫂(しのはらかい)』。
篠原の処女作である純愛物の作品が大きな賞を受け、あまりの人気振りに翌年には異例のスピードでドラマ化までされた。


当時、まだ二十歳だった私も例外なくその作品を読んで感銘を受け、次々と出版された彼の作品たちの虜になっていった。
そして、大学を卒業後に出版社に就職してから一ヶ月が経った頃、篠原の担当者だった先輩に連れられてここに来た時には、憧れの作家に会えた喜びで胸がいっぱいだった。


だけど……。
私が抱いていた憧れの像は、それから三ヶ月もしないうちに崩れてしまった──。

< 3 / 134 >

この作品をシェア

pagetop