極上ショコラ〜恋愛小説家の密やかな盲愛〜
篠原の担当者として与えられる仕事は、編集部らしい仕事よりも料理や掃除の方が多くて、本来の仕事のスキルではなく家事のスキルが上がった。
最初はあまり得意ではなかった料理も今ではレパートリーが増え、調味料にもこだわるようになり始めたほど。


もともとは、彼の機嫌を損ねないために美味しい物を作る努力をしていたはずなのに、今では『美味い』の一言のために努力をしているような気がすることもある。
もちろん、そんなことは私の勘違いであって欲しいのだけれど。


「……まぁまぁ美味い」


ぶっきらぼうな篠原が紡ぎ出した感想に、今日もまたつい笑みを零しそうになってしまう。だけど、喜びを感じつつあった心を叱責し、慌てて首を横に振った。


私は、こんなことで喜んでいる場合ではない。


たしかに、篠原から原稿を受け取るためにも彼に満足してもらう必要があるし、私だって作った物を褒められたら嬉しくはなる。


ただ、女性としては料理で一喜一憂するのは微笑ましいことなのかもしれないけれど、出版社で働く人間としてははっきり言って不本意である。
だって、私が本来やりたい仕事は、家事ではなく編集者としての仕事なのだから。


だけど……入社以来ずっと篠原を担当しているからなのか、未だに編集者らしい仕事をした記憶がほとんどないのだ。

< 42 / 134 >

この作品をシェア

pagetop