極上ショコラ〜恋愛小説家の密やかな盲愛〜
ただ、それらを差し引いても、これはフィクションだとは言えない。


この作品の見せ場となるはずの二月十五日の情事は、日付を含めてきちんと描かれていた。
篠原は官能小説家ではないから露骨な表現はひとつもないけれど、ソファーでの情事は彼の見事なまでの表現力によって美しく描かれているのだ。


失恋した女を抱く、小説家。
洋酒の効き過ぎた生チョコのように苦く、それでいてほろ甘さを感じながらドロドロに溶けた夜。


そのシーンを想像すればするほど、まざまざと浮かぶ篠原との情事。


脳裏の情景は現実のものなのか、それとも物語の中のものなのか……。
もう、わからなくなる。


『明日、絶対に感想を聞かせろ』


彼が浮かべていた、意味深な笑み。


『まぁ、お前にとっては難題になると思うぞ』


なにかを含むような、言葉。


『そもそも、お前が最後まで読めるのかが問題だな』


悪戯を隠したような、表情。


『じゃあ、俺を満足させるような感想を期待してるよ』


綺麗な顔を崩した、心底楽しげな笑み。


篠原が紡いだ言葉たちも、彼が見せた表情も。今となっては、そのすべての意味が理解できる。


感想なんて、言えない。
崇拝するほどの作家が描く作品のヒロインになれたのに、どうしても素直に喜べない。

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