彼と彼女の花いちもんめ~溺愛王子の包囲網~
制御不能な恋心
「で、俺はいつになったら、家まで送らせてもらえるの?」
何度目かのデートの帰り道。
いつものように駅近くのコンビニ前で立ち止まったみちるに篤樹が尋ねた。
付き合い始めてもうすぐ2か月。
夜の十時前には別れる様にしていても、無事に家に着いたか気になって仕方ない。
最初のひと月はしょうがないかと引いていたが、もう少し近づきたいのが篤樹の本音だ。
近づいたように見えて、まだ、みちるとの距離は遠い。
「前も言ったけど、ここからそんなに遠くないから」
「まだ、俺のこと信用できない?」
「そんな事ない」
みちるが即座に否定する。
付き合い始めてから、篤樹がみちるに対して不誠実な事は一度も無かった。
それまでの仕事での関わりを見ていても、そう思える。
自宅を知られたくない、というよりは、家族に知られたくないのだ。
ここ数年彼氏がいない事を知っている両親に見つかったら、きっとあれこれ詮索される。
しかも、相手が篤樹と分かれば大騒ぎするに違いない。
こんなイケメンと付き合えるなんて奇跡!
相手の気が変わらないうちに籍を入れろ!とか言い出しそうだ。
「信用してくれてるんだ?」
「・・・う・・・うん・・・まあ・・」
「最後は引っ掛かるけど、ちょっと、安心した」
ほっと肩の力を抜いた篤樹が、みちるの指を解く。
一人で平気?と尋ねてくる篤樹を見上げて、みちるが小さく言った。
「ちゃ、ちゃんと付き合うって決めたら・・・送って下さい・・」
「・・・それって、結構揺れてるって思っていい?」
「っそ・・・それは・・・」
真っ赤になって狼狽えるみちるを見下ろして、篤樹が笑う。
背中に腕を回して、優しく抱き寄せた。
「俺の事、ちょっとは好き?」
耳元でこだまする甘い問いかけ。
背中に回された腕に体を預けてしまいたくなる。
いつものように、考えてるから、と逃げる筈だったのに、今日に限って言葉が出ない。
黙り込んだみちるの顔を覗き込んだ篤樹が、窺うような視線を向けてくる。
背中に回されていた手が、みちるの頬を持ち上げた。
僅かに仰のかされて、額が触れる。
キスの予感はしたのに、逃げようとは思わなかった。
「みちる・・・?」
吐息が触れて、篤樹に名前を呼ばれる。
確かめる様に篤樹が背中に回した腕に力を込めた。
二人の距離がさらに近づく。
きっともう、あたしの気持ちはばれてる・・・
篤樹のシャツをぎゅっと握る。
返事を返すことが出来ずに、みちるが先に目を閉じた。
次の瞬間、優しく唇が重なった。
軽く触れるだけの、一瞬のキス。
すぐに唇が離れた。
篤樹が包み込んでいた頬を、親指でそっと撫でる。
「キス・・・嫌じゃないの?」
「・・・っ・・・」
尋ねられて、途端に恥ずかしくなって顔を伏せた。
嫌っていうか、嬉しかった・・・
何て言えずに黙り込む。
もう篤樹の顔を見上げる余裕なんてない。
流された?
ううん、違う、そうじゃない。
だって、触れてほしかったから。
その手に、唇に。
あの優しい眼差しを、ほんとの意味で独り占めしたかったから。
「っ・・・じ、時間・・・下さいっ」
言い切ると、みちるは篤樹の腕を解いて駆けだした。
コンビの角を曲がって、自宅に向かって猛ダッシュする。
「え、みちる!?」
背後で篤樹の声がしたが、振り返る余裕なんて、当然なかった。

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