彼と彼女の花いちもんめ~意地悪王子の包囲網~
そして、朝が来る
馬鹿みたいな話だけど。
幼少期を力士として過ごしたあたしにとって恋の対象はいつも、乙女ちっくな
少女漫画のヒーローだった。

ヒロインのピンチに颯爽と駆けつけるかっこいい王子様。

当然、か弱い乙女に向かって、ブスだの、デブだの、言ったりしない。

あたしにとって恋とは、見てくれ関係なくあたしをこよなく愛してくれる、
史上最強の王子様と惹かれあう運命そのものだった。


当然、巨漢のデブに恋をする王子様なんている筈もなく。

だから、あたしの中で、南野さんは、人生でたった一人の特別な人だった。



自分を戒める為に、一枚だけ保管してある暗黒時代の写真。

どうしようもなく暴飲暴食がしたくなったときに見るそれは、
自分で言うのもなんだが、酷い。

ぽっちゃりさん、という可愛い言葉では言い表せない、巨漢の少女がそこには映っている。


日焼けで真っ黒の顔に満面の笑みを浮かべて、採ったばかりのセミを手に笑う少女は、
首と顔の境目が分からない程、はち切れんばかりの身体をしている。
母親から譲って貰った大人LLサイズのTシャツに、パンパンのお腹を押し込んで
豪快に笑うその様は、まさに小錦。

可愛い、よりは、逞しい、がしっくりくる女の子だ。

こんな格好でも、当時から心では王子様のお迎えを今か今かと待ちわびていたのだ。

過去の自分に出会えるなら、さっさと現実を見ろと罵ってやりたい。
大人になったら、もう少し現実が見られるかと思っていた。

けれど、無理だった。

歳を重ねるごとに、現実を知るごとに、憧れは強くなる。
何処にもいない王子様を探し求める。

だって、そうしていられるうちは、あたしはきっと前を向ける。

だけど、見つけた王子様は、別のお姫様を選んだ。


王子様に選んでもらえず、お姫様にもなり損ねた無様な脇役のその後を描いた物語なんて
この世界のどこにもない。

ハッピーエンドの影で、泣いた女の子のことなんて、皆すぐに忘れてしまうのだ。

だから、泣いて、泣いて、悔しがって。
潔く負けを認めたら。

ガラスの靴を探すのは諦めて、裸足で立ち上がるしかない。



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