彼と彼女の花いちもんめ~意地悪王子の包囲網~
掴まれたのは
「はい、お土産」

管理部にやって来るなり、柿谷さんがあたしを手招きして紙袋を差し出した。

「お土産?」

「出張の」

柿谷さんは、先週末から長崎工場へ出張に行っていたのだ。
ほぼ一週間ぶりに会った事になる。
出張の前日、夕飯を食べた時に長崎に行くことを聞いていた。

営業部は他部署との連携が多く、社員の動向を確認しておくための、スケジュール管理表がある。
別部署の社員でも確認できるので、柿谷さんが、毎日どこを回っているのかなど調べようと思えば、簡単に調べる事が出来た。
が、勿論、あたしはそんなもの使ったこともない。

出張前に会っときたくて、と言われた時もいつも通り、そうですか、とさらりと流した。

「ああ、長崎でしたっけ?」

「そうだよ。ガラス工房覗いたから」

「わー、ありがとうございます」

10センチ四方の紙袋を受け取って、あたしは中を覗き込む。
さらに一回り小さい箱が入っていた。

「色々悩んだんだよ」

「期待して開けますね」

にこりと笑みを浮かべると、柿谷さんが意外そうな顔をした。

「なんか、久しぶりに笑ってるトコ見た気がするな」
「え、そうですか?」

それはあんたがいっつも突拍子もない事ばっかりゆったり、やったりするからよ!

一番可愛らしく見える角度で首を傾げてとぼけたあたし。
普通の男の人なら、一瞬でにへら、とだらしない笑みを浮かべるのに。
やっぱり、彼は少しも靡かない。

「それ見て、ちょっとは俺の点数が上がったらいいけど」

「あたし物には釣られませんよ」

化粧品と洋服ならちょっとは揺れるかもだけど。

「そこで可愛くおねだりしてくれたら、俺も頑張るんだけどな」

「そういうの、あたしに期待しても無駄ですからね」

「会社だと強気だねー」

「え?」

「俺が一目気にするタイプに見えた?」

意味深に笑った柿谷さんが、あたしの耳たぶをひっぱる。
突然の出来事に、あたしは思わず声を上げそうになった。
慌てて手で口を押さえる。

「なにすんのっ」

「そうそう、そっちのほうがいいよ」

噛みついたあたしを見つめて、柿谷さんが、鷹揚に頷く。
耳たぶから離れた指先は、綺麗にチークをのせた頬を優しく撫でる。
意味はないと分かっていても、動悸が収まらない。

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