風の見える所
白い服を着た物体は不自然な体勢で、デッキチェアに寄りかかっている。

「ん?バッグ持ってる」

未だかつてバックを持った幽霊を聞いた事はない。

幽霊にハンカチや財布が必要とも到底思えない。

たっぷりした体型に淡い花柄のスカートを履いた初老の女性は、その体勢のまま桃に振り向き、あまり表情のない顔で軽く会釈をしてきた。

桃も通り過ぎながら、恐る恐る会釈を返した。

坂からの勢いで軽くペダルをこぎながら、何で日も暮れてからあんな所に座ってるんだろ?と考えていた。

生きた人間と分かっても、少し薄気味悪かった。

女性の残像を振り払う気持ちで、家までの道程を力を込めてペダルをこいだ。


「ガチャン!」

桃は乱暴に隣のバーとの隙間に自転車を入れると、排気ガスと厨房からの空気で汚れた暖簾を、だるそうな仕草でくぐった。

「お帰り桃ちゃん」

大抵出迎えの言葉は常連客からかけられた。

(戸川さんだ)いつもより早い時間から来ていたのか、かなり出来上がった顔でこちらに笑いかけている。

近所に住んでる昔からの馴染み客なのだが、最近桃に会うと、「女っぽくなったんじゃねえ?」と言っては舐め回す様に見て来るのが嫌だった。

桃はお愛想にも笑えずにただ挨拶だけすると、奥の部屋へとりあえず避難した。


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