恋・愛至上命令。
お母さんのお陰で見合い話も、うやむやな感じにお父さんの中から遠のいたよう。
運ばれて来る会席コースのお料理を堪能し、特にメインの牛すき焼きが絶品で。綺麗な赤身の柔らかいお肉は、溶き玉子と絡むとあっという間に喉の奥に流れていった。




「瀬里、今度は私がいる時にまたゆっくりいらっしゃい」

お母さんが別れ際ににっこり微笑む。
後から車を持ってきた凪にも料亭の外で一言、声をかけてくれた。

「大島。瀬里のことはくれぐれも頼みましたよ」

「・・・・・・承知してます」

深く頭を垂れた凪の横顔は、いつになく神妙そうにも見えた。


ほろ酔い加減のお父さんにも挨拶をして、わたしと凪はマンションへの帰路につく。
ウィンドウ越しに流れてく夜の景色をぼんやり見つめながら。お見合いのこと、お父さん、組、凪の立場、・・・色んなことが頭の中を廻る。

気になる人がいるとお父さんと幸生に打ち明けたのは初めてだった。
前から結婚は好きな人とするって宣言はしてあったから、本気で一緒になりたい決心が固まったら。・・・ずっとそう思ってきた。

でも凪は。わたしをお嬢として以上に見ようとはしない。自分にはその権利がない、・・・そう言って。
立場は越えられない。・・・凪はただ静かに頭を下げただけだった。気持ちをみんな背中に置き去りにして。

苦しかった。
好きだから凪をよく分かってた。お父さんへの義理や忠誠の板挟みにして、凪を辛くさせたくなかった。
この一年間、自分から迷路に迷い込んで。
アキラさんに抱かれても結局どこにも行けなかった。
逃げても何も変わらない。
証明できたのはそれだけ。


「・・・凪が好き」


二人きりの車内に。わたしの声が渡った。躊躇いのない真っ直ぐな響きで。



もう一度。そこから踏み出してみる。
その先は。今は何も見えてないけれど。
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