恋・愛至上命令。
向こうは乗り気だとかって言ってたっけ。でも断ったんだし。
目を合わせたお母さんの表情からは先が何も読めない。

「実は先方から正式に申込みがあったの。武史さんも無下には断り切れない相手で、会うだけでもっておっしゃってるんですって。お父様の顔を立てると思って、瀬里には一度だけ我慢して欲しいって思ってるのだけど」

穏やかな口調で宥めるように。でも決定事項。・・・こういう言い方をされる時は大抵そうだ。
食事に誘ってくれた本当の目的はこれかぁ。思いきり溜め息を吐く。

「会ったって断るだけなのに、それでも会うの?」

「それもご縁だから仕方がないわね」

お母さんも小さく苦笑いを浮かべる。

「でも相手のかたは、瀬里とは悪しからぬ仲だそうよ」

「え?」

そんな人いるわけないじゃない。言おうとして。
 
「高津晶さん。という名前に心当たりはあって? 瀬里」

刹那。心臓が壊れそうなほど大きな音を立てた。
目を見開いて、信じ難い名前をうわ言みたいになぞる。

「・・・う、そ。な・・・んで、晶さん・・・?」

そのまま息すら忘れたように動きを止めてしまったのを。お母さんが黙って見逃すはずもなかった。

「どうやら事情がありそうね。・・・全部お話しなさいな」


どうして。
その言葉だけが渦巻く頭の中、懸命に思考回路を繋げながら。わたしは言葉を探して、一年前に晶さんと出会った経緯(いきさつ)を、ぽつぽつと話し始めたのだった。
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