王子様とブーランジェール




世界、狭い。

一番上の姉ちゃんのことを知ってる人とは。

春愛の働いてる店の隣の店…あぁ、あのカッコいい系のオシャレすぎる店か。

イメージ的には、藤ノ宮律子、みたいな。

…ちっ。ここでなぜあの女を思い出すんだ。

そんな店で働いている人、この辺に住んでるの?

パンダフルの常連なの?

見たことねえな。




「と、とりあえず、もう一仕事してから寝るの」



仕事…そんな感覚?



本当に自宅特訓していたのか。

まさか桃李が、こんな地道なことを本当にやっているとは。

授業始まる直前に他人の宿題を丸写しをする桃李が。

本番に向けて地道にコツコツと練習するとは。

本当に、ただ驚きだ。



「ふーん…ま、頑張れ」

「…う、うん!」



そして、もう一度、軽く手を上げて、その場から去る。

…待って!は、もうないな?

桃李は、俺が歩き出して距離が離れても、手を振ってお見送りをしている。

なぜか、笑顔で。

すごい満面の笑顔だった。



「…見送りはいいから、中に入れ!寒いから!」

「うん!」



しかし、そう言いながらもその場を動こうとせず、ずっと手を振っている。

また、話を聞いてないな?

困ったヤツだ。



もうそこはしょうがないので、そのままにして、背を向けて立ち去る。

俺が見えなくなったら、すぐに中に入れよ?夜は物騒だからな?



しかし…笑顔、かわいいな。

なんでこのタイミングであんなに笑顔になってんだよ。

よくわからないタイミングだ。

またまた『俺んち、来る?』って、言いたくなるだろが。

あぁ、もう。




帰り道の足取りは軽く。

なぜかご機嫌で帰宅してしまった。




俺のあのイラッとして口にしてしまった一言を。

桃李がちゃんと考えていてくれたことが、嬉しかった。

ひどいことを言って泣かせてしまったと、悔やんでいたのに。

でも、桃李がそう思って考えていてくれたことに、何だか救われたような気がする。




ホッとさせられた。

安心感がいつにも増して…こうやって桃李と話をするのは、やっぱり良い。

このホームに帰って来た感が、やはり良い。



やっぱり…好き、なんだよな。




この幸せ、ずっと、俺のものにしたい。

誰にも、渡したくない。



そんな想いが、どんどん強まっていく。



やっぱり…このままじゃ、いられない。



でも、なぁ…。




素直になれる勇気が出るのは、いつになるのか。







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