王子様とブーランジェール



立ち上がったその先。

すぐ傍に、パシリに使われた桃李が立ち尽くしていた。

きょとんとしながら俺をじっと見ている。

そんなに見るな…。



…だなんて、思いながらも。

俺も、振り返ってチラッと彼女を見つめ返した。



目が合うなり、桃李は体をビクッとさせる。

また、怒られると思ったか。



「な、なななな何…?」



どもりやがって。ビビったな。



「…何でもない」

「あ、そう…」



『怒られるかと思った…』と、深いため息を吐いていた。

俺、どんだけビビられてんの…?



好きなのは、おまえだけ。



そう、念を置いたつもり。



廊下から女豹が教室を覗きこんでいる。

俺が目の前に現れるなり、上目遣いで小刻みに手を振りだした。

何だそのぶりっ子具合は。

正体がバレてしまえば、無意味だっつーの。




「…こんにちは」

「やーん!会いたかった!ちょっと向こう行かない?」

そう言って、嵐さんは俺の右腕を掴んで引っ張る。



『あなたには毅然としていてほしい』



…わかってる。

そうしなかったら、今の俺の桃李に対する想いへの誠意が無くなってしまう。



「…ちょっと待ってください!」

「え?」



動きを停めて俺を見上げる。

そんな彼女を見ながら、腕から彼女の手を丁寧にほどいた。

「え?何なの?」

「俺、行きません」

「何でー?ここだったら人いるし、ゆっくり話せないじゃない?」

「ここでいいです。聞きたいことと話したいことが少しあるだけですから」

「はぁ?」

嵐さんは顔をしかめる。

今の「はぁ?」って、作り上げたキャラが微妙に崩れてるけど?

俺の態度は予想していなかったということか。



「…嵐さん、あの夜のこと、大河原さんたちに言い触らしたんですか」



大河原さんたちは、俺と嵐さんがあのあとどうなったかを知っていた。

狭山たちが撮った動画を見たわけでもなく。(おんぶ動画…)



それに対して、嵐さんは悪びれることなく答える。



「…そーよ?言い触らすに決まってるじゃない」

「決まってる…はぁ?」

「話題のイケメンと寝たのよ?こんな武勇伝、広めないワケにいかないじゃない?大河原だけじゃないわよ?私の周辺の人、みんな知ってるわ?」

なんか…理解に苦しむ。

普通、そういうのって、言い触らす話?

嵐さんはドヤ顔になっている。

「ここで噂を広めておけば?他にあなたを狙っている女子たちは手を出しにくくなるワケ。竜堂くんは私のものって認識が広まるのよ?」

これは…なんというあばずれだ!

悪意だらけだ!

俺の想像を遥かに超えている!

とんでもないヤツと関係を持ってしまった。



でも…負けるわけにはいかない。



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