王子様とブーランジェール

神様、美味しいと言ってください








そうして、麻倉先生に見守られながらベッドに入って横になる。

「岡部さん起こしてくれるから安心して休んでてねー?」と言って、麻倉先生も帰り保健室からいなくなった。



(………)



一人になった保健室。

ただ、ただしずかな保健室。

そんな中で、ただ一人、ベッドの中で休む。

みんな優しいな…と、思い、ジーンと有り難くなる。



暖かいお布団の中では、眠気に襲われるのも早く、あれよあれよとうとうとしてくる。

そんな頭の中では、最近のこと、昔のことがぐるぐると回っていた。



そんな中でも、一番考えることは。

恋心を抱く、大好きな人のこと。





夏輝と出会って、もう六年か…。





…私は、小学五年生の時に、札幌、この地にやってきた。

それまでは、道東の帯広市の外れに住んでおり、そこで生まれ育つ。

母方のおじいちゃんおばあちゃんが小麦農家をやっていて、私の両親は半ば居候で同居して小麦農家を手伝っていた。

そんなうちで獲れた小麦で、母はパンを造る。

母は、私ぐらいの歳から製パンの世界に足を入れており、高校生向けのコンペでは賞を総ナメにする程の実力を持っていて、そっちの世界ではかなり有名な人だったらしい。

高校卒業と共に海外留学して修行を積んでから、日本で就職し、東京の食品チェーンの製パン部門の会社に勤め、商品開発の仕事をしていた。

そこで、その社長の息子である父と出会い、私を妊娠してしまったことによって、駆け落ち同然で実家に転がり込む。

そして、私を生んだ後、母は自分で造ったパンを近くの学校や老人施設、企業に卸すという仕事をこの地域で始める。

母の製パンの腕前と、父の敏腕経営で、あっという間に会社立ち上げて、仕事は軌道に乗った。



そこで、数年前にすでに和解をしていた、全国大手チェーンの会社社長である祖父が、私の両親に提案する。



『苺、おまえのブーランジェリーを札幌に開いてみないか?』



いろいろ検討に検討を重ね、下調べも重ねた結果。

母のブーランジェリーを、札幌のとある商店街で開店することとなる。

私達一家は、札幌へ引っ越すことになった。



(嫌だなぁ…)



はっきり言って、私はこの地を離れたくなかった。

引っ込み思案で、ビビりの私。

この住み慣れた土地、昔から一緒の安心出来る友達や、近所の人ともう会えないのには不安がある。

でも、気の弱い私にはそんなことは言えず。

引っ越し前夜はしくしくと一人で泣いていた。



< 769 / 948 >

この作品をシェア

pagetop