薔薇の嘘

ふとした瞬間に、目が眩む。
それは身体的な疲れだろうか、精神的な重荷のせいだろうか。

ここは僕が居たかった場所なはずで、これが僕の理想の将来そのもののはずなのに…
なぜか、気がつくと心の中の灯火が消える時がある。

ぼーっと、窓の外を見つめることがある。
窓でなくたっていい。
ベッドに寝転んで、薄暗い天井を見上げるのでも、歩きながら見る夜の騒がしい道路のハイビームでも。

《なぜ僕は生きているんだろう》

頭の中が空っぽになった瞬間、そんなことを考え出してしまう。


別に、鬱になっているわけではない。
だって、健康被害は今のところないし、きちんと食欲もある。運動もある程度している。
1日1時間以上もしていれば、良い方だろう。

もちろん、死のうとも思っていない。
死んだら死んだで、面倒だろうし、
親も妹も、もしかすると悲しむかも、
もしかすると…。

それに、ビルの屋上から飛び降りたらどうなる?

よくあるだろう、そういう話は。
テレビの、無機質なアナウンサーの読み上げ声に、『可哀想に』なんて1番酷いことを呟いたりする。

ビルじゃなくて…
ただでさえ詰め込まれてパンパンのダイヤを妨げるように、地下鉄のホームから線路に飛び降りる、というのもよくある話じゃないか?

こうやって他人に迷惑をかける死に方はたくさんある。この2つはあまりに有名だ。
だから、それを批判する人も多い。
《死ぬなら勝手に、迷惑をかけずに死ね》
そういう意見も、まあ、正しいといえば正しい。


でも、他人を気にかけた自殺方法はある。

むしろ、殆どの自殺志願者はそんな、ドラマチックな…派手な、といったら不謹慎だろう。

人目につきやすく、人に迷惑をかけるようなやり方を好まない。と信じている。

ある日、検索したことがある。

《自殺方法 苦しくない》

もちろん、ただの好奇心だ。
ただの。

そこには掲示板があって、

《今日はうまくいかなかった。明日こそは。》

《窓をきちんと閉めていなくて、大騒ぎになった。次は気をつけないと》

笑ってしまうくらい、冷静に自分を終わらせようとしている人々が、山のようにコメントを書き込んでいる。

日本の自殺者は1日あたり100人程度とされているんだそうだ。本当かは知らない。

自殺未遂はその10倍以上?
いや、きっとそんなものじゃ収まらない。

《死にたい》

口にするのは楽なのに、実行するのは死ぬほど恐ろしい。


死ぬほどの苦痛を抱えてるわけじゃない。
でも、なぜか辞めたいと思う。


こんな世界から消えたいと思う。
死ななくたっていいから、どこか遠くへいって、全て投げ出してしまいたい。


そして、自由になりたい。
野良猫みたいに、ただぼーっと、
働きもせず、ただ、道草でぼちぼちと生き延びて、寝転んで…


贅沢しなくていい。お金なんかいらない。
ただ、ちょっとだけ疲れてしまったんだ。

こんな気持ちも、いつかは消えるんだろう。
それはきっと慣れみたいなもんで、
この重たい石が詰まったみたいな気分も
徐々に軽くなっていくはずだ。

今はまだ、慣れていないだけ…

「結城君、あんまり気負わないで」

眠りについていたようにはっとして顔を上げると、佐々木先輩が心配そうにこちらを見ていた。

「あ…すみません、ぼーっとして…」

何考えてたんだ?
こんな風に暗くなってちゃダメだ。
いつまで治らないんだよ、この悪い癖は。

耳にかけた重い眼鏡の位置を直した。

「大丈夫?風邪でも引いたんじゃない?
ほら、5月に入って気温が不安定だから」

佐々木先輩は本当に優しくて気遣いのできる人だな。こんなに地味な俺にもこうやって親身になって、心配してくれる。

「そう…かもしれないですね。気をつけます」

こういう時まで愛想笑いで返してしまう自分は嫌だな。

「うん、そうしてくれると嬉しいな。
私、結城君しか話し相手いないから…
休まれたらさみしい」

「え?」

佐々木先輩は惜しげも無く言った。
僕は自分の頭が真っ白になったのが分かった。もちろん、その言葉は社交辞令と呼ばれるものだとわかっている、けど。

< 2 / 9 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop