神様の使いは、初恋をこじらせました。

私は空を見上げたまま、ふうーっと長く息を吐いた。白く輝く月が滲んで見える。湧き出す涙がこぼれないよう、必死に耐えた。

周りの音を遮断する大音量は、足音が近づいてきたことも、そしてそれが私のすぐそばで止まったことも、全く気づかせてくれなかった。

あれ…?

ふわっと風が吹くと、ここにいるはずのない隼也の香りを感じた。いないはずの隼也の香りがどうして…?

「…美雨?」

私の視界に突然隼也の顔が現れて、心臓が飛び出るほど驚いた。

「うそっ!」

叫んだ拍子にイヤホンが外れ、私の1番好きな歌が、静かな闇の中で響きわたる。隼也は、ベンチの後ろに立っていた。

「これ、俺の1番好きな歌。ていうか、美雨、お前何してるんだよ、こんなとこで。かわいい女が夜中に1人でいたらあぶねーだろ?」

か、かわいい?かわいいって言った?

「なんだよ?」

あまりの衝撃に言葉が出ない。

「そんな目で俺を見るな」

「どういうこと?なんでいるの?かわいいってなに?」

答えを探すように隼也の顔を見つめていると、隼也の顔がみるみる赤くなっていった。

「さ、さっきは、書いてる途中で充電が切れて…で、カフェで充電して、すぐ電話しようとしたら、美雨の電話、電源が入ってなくて…だから、もう直接、直接さ、美雨に、メッセージの続きを言いたくて、小田中に美雨の住所を聞いて、お前んちに…ってなんだよ、なんで泣いてるんだよ」

隼也は私の前に来て屈んだ。私の瞳から溜まっていた涙がポタポタ落ちる。

「やだ、意味わかんない。嫌なんじゃないの?迷惑なんじゃないの?なんなの?わかんない」

「は?何言ってんだよ、嫌なわけないだろ?嫌ならこんなとこまでこないから。俺、会いたかったんだよ、美雨に、会いたかったから、ずっと」

隼也の言葉がスイッチになり、私の涙は止まることなく落ちていく。まるで、降り始めた雨のように。

「…賭けは、隼也の勝ちだよ」

「俺の勝ち?なんで?」

私は、自分の顔を指差して言った。

「だって今、雨が降ってる、私の顔、土砂降りだよ」

私のスカートにぽつぽつ落ちる涙が、雨が作るアスファルトの水玉模様と同じ模様を作っていた。

「ほんとだ。俺の勝ち」

「隼也の1番欲しいもの…あげる。何が欲しかったの?」

隼也は、優しく笑って私に言った。

「美雨」

「…え?」

「俺が欲しいのは美雨」

「ちょ、ちょっと待って、意味がわかんない」

「意味わかんなくていいから、俺を見て」

隼也が私の両頬に手を添えて、目を合わせてくる。心臓が破裂しそうだ。

「かわいすぎるんだけど」

「えっ…」

隼也の瞳が揺れた瞬間、強く抱きしめられた。

「ごめん、体が勝手に…」

戸惑うような声とは裏腹な、私を抱きしめる強い力のせいで、私の涙は止まらない。それも、強い痺れを伴う雷雨だ。ベンチの下に落ちたイヤホンから、大好きな歌が聴こえている。

「美雨…」

名前を呼ばれただけで、体の奥がギュッとなる。隼也の体温が、拗らせていた想いを溶かしていく。

「隼也…私、隼也に言いたいことがある。ずっと拗らせちゃってた。隼也とずっと仲良くしてたかったから、友達でいいって自分に言い聞かせていたんだけど、違うの、本当は…」

「好きだ」

私の言葉を遮るように隼也が言った。体中、全部が心臓みたいにドキドキしている。私も同じ気持ちだと伝えたくて顔を上げると、至近距離で目が合った。隼也の瞳が艶っぽく揺れる。

「私も好き」

言えた。拗らせていた気持ちが、パーッと弾けて飛んでいった。

「俺、中学の入学式に美雨がいなくて、それで引っ越したことを知って、もう会えないと分かった時、それからずっと拗らせてた。初恋だったから、どうしたらいいかわかんなくてさ、でも、もう後悔したくないから、今ここにきてる」

隼也が私を引き寄せる。ギュッとした後、力を緩めて私に言った。

「美雨、めちゃくちゃかわいくなってる」

「そ、そういうのやめて。私だって初恋だもん。刺激が強すぎる」

「俺だって、こうしてる時点で、かなりテンパってる。だから、あんまり動くな」

焦る隼也にキュンとなる。

「メッセージの続き、聞いていい?美雨の「絶対」のせいで、俺がどれだけ…の後」

「あ、うん、美雨の「絶対」のせいで、俺があの時、どれだけ助けられたか。ちょうど反抗期真っ盛りで、何に対しても天邪鬼だった俺を、美雨が変えてくれた。感謝してる。美雨の言葉で、俺の世界が広がって、何にでも挑戦してみようと思えるようになった。美雨が「絶対」と断言すると、自分に自信の持てなかった俺が強くなれた。ありがとう、だよ」

こんなのずるい。優しく笑う隼也がまぶしすぎて、もっともっと好きになる。どうすればこの気持ち伝わる?

「お礼なんていい。好きだよ、すごく。本当に好きだよ」

「うん、知ってる」

「うぬぼれるな、隼也のばか!」

叩くふりして振り上げた拳を隼也が掴んだ瞬間、空がピカッと光った。

「うわっ、やばい、雷だ」

「え?本当に降るの?」

いつのまにか月は隠れ、空は厚い雲に覆われている。私は隼也から離れて、スマホとイヤホンをカバンに詰めた。サーッと湿った風が吹き抜け、雨がボツボツ降ってくる。

「ウソだろ。今頃」

あっという間に、雨が強くなった。

「隼也、走ればすぐだから、うちに来て!もう一つ欲しいものあげるから!」

「えっ?俺らまだ、つきあったばかりだぞ?初日からなんて…」

「大丈夫、何もしないから!」

私は、カバンを頭に乗せて、雨の中を走り出した。

「ちょ、待てって、そのセリフは、俺のセリフだろーー!」

私に追いついた隼也が、私の肩をギュッとつかんだ。

「ずっと一緒にいようって言ったばかりなのに、もう俺を置いてくなんて、薄情なやつだ」

笑い合って、手をつないだ。5年拗らせた初恋は雨の匂い。これからは、2人一緒に走っていく。





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