星降る夜はその腕の中で─「先生…私のこと、好きですか?」
追憶〈Side Subaru〉~ 転落
 卒業式から1週間。

 朝、出掛け際に見た部屋のカレンダーには赤い印が付いている。今日は南条の国大の入試だ。


(南条、頑張れよ)

 カレンダーの印を見ながら彼女を想って祈る。それから俺は家を出た。



「おはようございます」

 8時前に学校に着き隣の席の先生に挨拶すると、直ぐに授業の準備に取り掛かる。


 今日の小テストをクラス毎の枚数に束にしていると、

「初原せーんせ~」

と声を掛けられた。


「……」

 朝っぱらから能天気な声に虫酸が走る。


「いやぁ春らしい日和になってきましたねぇ」

 俺の机に片手をどんと突いてにっこり見下ろすのはにっしゃん。


「…別に」

 机の上のテスト用紙から眼を離さずおざなりに答える。
 能天気だけれどこの男はやたら勘が良い。やましいことがなくても顔色を見られるのが何となく不快だ。

 南条とのことも直ぐに感付いて、面白がってみたり、やたら真剣にお節介を焼いてみたりする。いや、時として助かることもあるのだけど…


「春と言えば旅立ちの季節!こないだの卒業式も感動的だったよなぁ~」

 にっしゃんがしみじみと語るのを俺は軽く無視して黙々と小テストの枚数を数えていく。


「卒業生に『仁科先生、一緒に写真撮ろっ』てせがまれちゃったりしてさぁ」

「……」

「あ、そうそう!アイツとも撮ったよ。ほら、何て言ったかなぁ~…アイツだよアイツ。初原くんが進路指導担当してる…」

「!」


(南条!?)

 思わずぱっと顔を上げたのを見てにっしゃんがにやりとした。


(やべ…)

 にっしゃんは南条と俺の関係を知っているとは言え、万が一にも東京まで彼女を追い掛けてよりを戻したことや、ましてやあの夜のことを感付かれるわけにはいかない。あくまで冷静に、素知らぬふりをしていなくてはならない。
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