God bless you!~第12話「あたしの力、あなたの涙」
えっと、俺達また付き合い始めました。
10月。
秋のド真ん中。つい最近、冬服に衣替えを終えたばかり。
まだまだ日差しの強い日があるかと思えば、空はたまに冷たい雨を降らせて、その気配を鎮める。
台風が過ぎ去った後の今日は一転、晴天。暑いくらいの日差しが眩しい。
俺達3年生と言えば……卒業まで、半年弱となった。
この時期、受験はまず1つの大きな山場を迎える。これから年末に掛けて推薦入試が続々と始まり、この双浜高に於いては、年明けにはおよそ半数が、卒業後の居場所を決めるのだ。
では3年以外はどうかというと、校内は文化祭を2週間後に控えて、今は前準備に大忙しである。
去年の永田さん達のように、俺達3年は見守りという立場に甘んじていられるのか。生徒会・新リーダー、浅枝アユミのお手並み拝見だ。
朝は、いつものように彼女と駅で待ち合わせる。
実のところ、今朝は少々分が悪い。
案の定、彼女の右川カズミは、挨拶もそこそこ、「なんか、近寄るのも面倒くさい」と来た。
「昨日、やられた」
俺は、あちこち生傷だらけの絆創膏だらけ。
「ほら」と出して見せた腕には青アザまで出来ている。
右川は、
「うっわー……まるで呪いのスティグマだね」と険しい顔で遠巻きにする。
「塾の帰りに、酔っ払いにやられちゃって」
と言いながら目の上の絆創膏をひとつ外した。
「血、止まってる?」と訊くと、「うん、止まってる」
「大した事ない。もう痛くもないし」
と言いながら、また1つ口元の絆創膏を外した。
こっちが何も言わなくても、「うん。そこも止まってる」と知らされる。
「沢村は、ケンカ弱いね」
「さくっと言うんじゃない」
朝から男のプライドが、ずたずた。
「てゆうかさ、あんたは最初から戦える感じがしないんだよね」
ムッとくる。しかし頷ける。
その分析は、あながち間違ってるとも言えなかった。
争う事に関しては、こちらがノリノリで闘った事は1度も無い。
永田にぶつかって来られても、鬱陶しいとしか思えないし、重森を相手にした時は、戦う前に止められて良かったと今でも胸を撫で下ろす。
ただ、敢えて言わせてもらえれば。
本気出したら文化系男子には負ける気がしない。運動能力もさることながら、背丈というスペックも考慮すれば、尚の事。
「ひょっとして、沢村よりあたしの方が強くね?」
「かもな。おまえは、悪知恵だけは働くから」
背丈とか筋肉という要素を飛び越えて、戦略&運の強さというカテゴリーがあるのもまた事実だ。
「でもさ、永田あたりなら、もしかしたら沢村でも勝てるんじゃない?」
「って、調子に乗るなよ」
頃合い、俺は釘を差した。
右川はガチで男子に勝てる気でいる。
悪い事に、これまでの一連の結果事実が、本気で男子に勝てると思い込ませてしまった。これが単なる知り合いなら、「マジかよ。かっけー」と笑って済む話だが、これが彼女となると、そうも言ってられない。
「いつまでも無茶が通じると思うなよ。一応女子なんだから。山下さんもそういうの心配してた」
切り札は復活した。この頃になると、はっきり山下さんの名前をひけらかして警告を発する。右川も、むぅぅーと唸って見せるものの、そこは心配しているという真意を捉えてか、それ以上は歯向ってこない。
山下さん、都合良く使わせて頂いております……。
(手を合わせたかどうかは定かではない。)
そこへ、
「うおおおおおおおおーッ!!」
後ろから凄い勢いで、永田がやってきた。
自転車をフル回転。朝から元気なヤツだな~と、のんびり眺めていると、
「沢村ぁぁぁッ!いつまでもいつまでもッ!どこまでオレ様をバカにすりゃ気がすむんだよッ!」
うっかりしていた。
「別れたとか抜けたとか、大嘘抜かしやがってッ!」
俺は永田に胸倉を掴まれる。息苦しい。昨日の酔っ払いにやられた右腕も圧迫されて激痛。
しかし、これに関してはもう謝るしかない。
「ごめん。ごめん。俺が悪い。マジで。許して」
首を掴まれたまま、ペコペコ謝った。
右川は隣で、「情けない」と、軽蔑にも似た眼差しで唖然としている。
絆創膏が効を奏した。
傷だらけの俺を見てこれ以上の苦痛は無意味と感じたのか、
「ったくよ!」
永田は悪態をついて、さっさと先を行く。
永田と言えば、過去……おまえらどうなってんだ?とやけに改まって俺達の仲を問い質された事があって。兄貴と阿木が別れた直後という事実も相まって、あの時の永田の眼差しは真剣だった。
えっと、俺達また付き合い始めました……そんなフザけたお知らせをカマせる空気じゃねーな。
あれからというもの。
周りも、こうなると2人はどうも仲直りしたらしいと言い始めた。
そこから、どうせまたケンカするんでしょ、に発展。どっちにしても別れと隣り合わせだと、そう考えるヤツらが殆ど。
ケンカか仲直り。あたりかハズレ。一か八か。
俺達は、そんなどっちともとれない現状と見られるようになって。
……今に至る。
実情、今までで1番順調だった。
朝は適当に待ち合わせ。
クラスでは付かず離れず、隣に居なくても程々にラインでやり取り。言葉尻を掴まえてムッとくるのは日常茶飯事だが、大きな波風には至っていない。
超・順調。
右川に、教育学部に進んで教師になる話をした。
塾の先生以外、まだ親にも誰にも話していない。
「センセイか。どんどんラスボス化する」と右川は目を丸くした。
(どういう意味だ?)
山下さんに勧められた事も話したら、
「まっさか今頃になって、アキちゃんに対抗意識とか燃やしてんの?」
と、また憎憎しい事を言い出したので真面目な報告はそこで終わった。
授業の合間の休憩時間。
漏れ聞こえる右川グループの会話も最近は耳に心地よい。
「港北大学か。あんた、ほんといいよね」
進藤ヨリコの溜め息に、「何であたしがいいの」と、右川は不満を滲ませた。
「いいに決まってるじゃん。だって彼氏が国立だよ?」
「だってそれはしょうがないじゃん。貧乏なんだから♪」
思わず転がりそうになった。
まさかそんな誤解を招いているとは……マジか?
いつか確認する必要があると思った。(そして、ツブしておく。)
「いいのはヨリコでしょ♪彼氏と大学一緒で。でも合コンは行けないね」
「それを言ったら、右川もでしょ」
「そんな事ないよ。だって大学違えばあいつは居ないんだから」
「僕、沢村くんのスパイやろうかな」
それまで我慢して、黙って聞いていたであろう、奥ゆかしい男子の海川ユウタが口を挟む。
「右川、それヤバいよ。東スポに目付けられちゃったら」
海川、俺はおまえを心から任命する。
「ところが意外と4月になって、あれ?沢村クン?大学間違えてない?みたいなさ♪」
俺の滑り止めは、右川と同じ大学を一般入試で受ける事にしている。1部と2部の違いはあるが、同じ大学だ。ていうか、彼女の発言とは思えない。
そこで会話が途絶えた。というか、俺の周りの声の方が大きくなった。
「ねー、今度どっか行かない?」
「え、あ、ちょっとコンタクト、ずれた。目薬貸して」
「駅前のスタバにさ、1人だけ微妙にマツコデラックスが居るんだけど」
「うあ。これチョー美味いっ。もう一個欲しいっ」
「どっか行こうってば。それスタバのマフィン?一口ちょうだい。あ、そういえばトイレ」
噛み合っていない。まるで思い付きだけを言い晒す、暴走ツイッター。
……呑気なもんだ、なう。(懐かしい。)
周りは、ほとんどが修道院大学の指定校推薦で臨む。試験もあるにはあるが、突き抜けたポカをしない限り合格は堅いだろう。
そのまま地元の大学。そのまま就職。馴染みの仲間と共に、いつまでも。
俺は、自分の選択が正しかったのかどうか。正直、悩ましい所だ。
だが、1番の親友のノリが、元から遠い大学に決めていて、その別れは周辺仲間を束にしてもお釣りがくるほどの破壊力で迫って来る。
ノリは当然、彼女とも遠距離となる。この選択が正しいのかどうか。それもお互い、これからの本人次第という事だろうな。
右川は、いつもの仲間と。
俺も、いつもの仲間と。
限りある時間を惜しむように、そうやって4時間目あたりまではそれぞれ別々に過ごす毎日だった。
今日、いつもなら昼を一緒に過ごすのだが、今日は原田先生から何か話があるとかで、俺だけが呼ばれている。仕方なく、昼メシは別々となる。
どういう用件だか知らないが、恐らく文化祭関連だろうな。
文化祭が近くなってきて、まだやることが決まっていないクラス、団体がいくつかつあり、原田先生の1年3組もその1つだ。ここは、真木のクラスでもある。
聞けば、このクラスでは、ステージ発表か模擬店かで考えがまとまらないらしい。模擬店は準備が大変だが、発表と違って売り上げ金が期待される。それが、後の打ち上げを盛り上げるのだ。
「模擬店は、何を売るかは後でもいいですよ。報告だけ下さい」
これが発表ともなると、ステージを使う関係で、時間の割り振りに関わってくるから、それはできれば早い方がいいという事も重ねて伝える。
原田先生は頭を掻きながら、「悪いね。もう少し時間をくれ」と、手を合わせて拝んだ。
「まだ出てない所もありますから、大丈夫です」
そのまま生徒会室に赴くと、真木がいた。独り、ぽつんと。
確か、いつもこの時間はクラスか部室辺りに居る筈だけど、今日はここで弁当を食っている。珍しい。
俺は取りあえず……原田先生から、という事で一連の経過と要望を浅枝に報告しなきゃ、だ。机上にメモを貼り付けた。
浅枝の机は色とりどり、様々なキャラクターのメモ付箋紙で埋め尽くされている。毎年の事とはいえ、こういう場合、中心人物1人に一極集中する怖れあり。そのため、リーダーがなかなか捕まらない、だから解決しない、という弊害も生まれてしまう。
成り行き上、真木に3組の進捗具合を訊ねてみると、「僕に訊かないで下さい。僕にとって、あのクラスは憩いの場ではありません」と的外れな理由と共に、捨て鉢な返事が返って来た。
カバンから楽譜を取り出したかと思うと、無造作にばさっと置く。風に煽られて1枚がひらひら落ちると、「あー……」と半ばイライラしながら、真木はそれを拾い上げた。
何かあったのか。
最近の真木についてといえば、少々気になる事がある。
「おまえさ、何か最近、荒れてない?」
このところ見掛ける度に、真木の言動がすさんでいると感じていた。
先輩に対する言葉は丁寧であり、物腰も柔らかいのはいつも通りだが、こちらの目を見て、まともに話そうとしない。楽器を扱うその手も、どこか投げやりだ。
吹奏楽の部内で何かあった……とは聞こえてこない。
この所は、重森が大人しい。単に受験に集中しているから、かもしれない。
それは、右川に冷や水(ばかり)浴びせられて以降でもあり。
そして、俺があと少しで重森に一撃!という愚行に及んでの以降でもある。
その分、周辺に八当たりの矛先が向けられるのかと、真木を気にかけた。
「部活、どう?上手く行ってんの」
「僕は」
真木は、急に思い詰めた顔をする。こっちが思う以上に、深刻なのかと。
「今まで1度だって、ママにクソババァとか言った事ありませんっ!」
全く意味不明。
答えになってません、が。
その勢いもだが、真木の口から〝クソババァ〟って……そぐわない。
それもさることながら〝ママ〟って……俺もそれは言った事ないぞ。
改めて、自分との生活環境の違いを思い知らされる。
とはいえ、一体どうしちゃったんだろうか。
部活ではなく、家の事で悩んでいるとか。
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