片翼の蝶


「茜、何してたの?」


ノックもしないで、
お母さんが部屋の中を覗き込んだ。


この家にはプライバシーのカケラもない。


「勉強」


ため息をついて答えると、
お母さんは目を丸くして口を開閉させた。


そしてにんまりと笑うと、
部屋の中に入って来た。


「まあ、勉強?偉いのね、どうしちゃったの?
 あなた!聞いてちょうだい!茜が勉強を」


パタパタとリビングへと駆けていくお母さんを見て、
私はぽかんとして立ち尽くした。


するとしばらくして財布を持ったお父さんが駆けてきて、
私を見ると顔を輝かせた。


「偉いぞ、茜。その調子でどんどん頑張れ!
 これ、お小遣いだ」


お父さんは財布から五千円札を取り出すと、
私の手の中に押し込めた。


そしてスキップしながら部屋を出て行く。


私は手の中にあるお金をじっと見つめて、
それから珀と顔を見合わせた。


どうなってるの?
あんなに仲が悪かったのに、
ちょっと勉強をしただけで
手のひらを返したように態度が変わるなんて……。


私はそのまま家を出た。


こんなことなら、いくらでも勉強をする。


それに、珀とだったら勉強も楽しいしね。


私も嬉しくなって、柄にもなくスキップをした。


珀に笑われたけど、気にならなかった。


いつもの道を鼻歌を歌いながら歩く。


いつもの書店にはいつもの倍くらい早く着いた。




本屋さんに入って、珀の名前を探す。


珀の小説は変わらずそこにあった。



変わらずにあるということは売れていて人気なのか、
売れていなくてずっとそこにあるのかは分からないけれど、
私のために用意されているようでちょっと嬉しかった。


「片翼の蝶」、「嫉妬と憧憬」を飛ばして指を這わせる。


私が手に取ったのは「十一」という本だった。


なんだかタイトルが気になって、
私はあとがきのページを捲ってみた。


どうやらこれは「夢」がテーマになっている作品らしかった。


十一通りの夢を見続けていく女の子のお話。


そしてもう一つ、「雨恋い」という本を手に取る。


こちらは恋愛小説だった。


読むのが楽しみで、胸に抱えてレジへと向かう。


お金を払って、カバーをかけてもらって、
本屋さんを出ようとした時、私は立ち止まった。



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