エリート社員の一途な幼なじみに告白されました
「環、いつの間に帰ってきたの?」
「さっき帰ってきた」
 まだコート姿の環は、がらんとした営業事務のデスクを見て、環は目を細めた。

「営業事務はもうお前だけなのか」
「そう。皆さっきまで居たんだけどね。廊下ですれ違わなかった?」
「確かに何人か女の人とはすれ違ったな。…梓は帰らないのか?」

「まあ、私も早く帰れるなら帰りたいけど、まだ今日の分の仕事が終わってないし、誰かさんの仕事を受け持つことになったから、引き継ぎ作業のためにもう少し残業してく」
 私の言葉を聞いて、環は僅かに眉を下げた。

「悪いな」

 そう言って、コートのポケットからミルクティーの缶を出して私の方に向けた。
「これ、良かったら」
 両手で受け取ると、缶は温かく、手のひらをじんわりと温めてくれる。
「もしかして、差し入れ?」
 私が尋ねると、環は急に口ごもった。座ったまま環の顔をのぞき込むと、環は私から目を逸らし、
「休憩のついでに買ってきただけだ」
 と呟いた。

 素直な物言いをしないところは、環らしい。でも、環のさり気ない優しさに一日の疲れが解れるのを感じて、頬の筋肉が緩んだ。

「ありがと。嬉しい」
「あんまり一人で抱え込むなよ。入社早々にお前に倒れられると困る」

「大丈夫だよ。こう見えてタフだから」
 拳をぐっと握り締めて見せると、環は目を細めて微かに口許を緩めた。

「そうか。じゃあ、俺はこれで」
 そう言うと環は自分のデスクの方へ向かって歩き出そうと向きを変えた。私も残りの仕事に取りかかろうとマウスに触れると、環がふと私の方へ振り返り、

「ああ、そうだ。これも」
 と言って、小さな猫型のチョコレートの包みを私の机の上に置いた。

「猫のチョコレート?」
「ああ、ここに帰る途中にコンビニに寄ったら見つけた」
「……環、まだ猫好きなんだね」

 昔、一緒に猫のお世話をした時の懐かしさがこみ上げ、胸の奥がじんわりと熱くなった。

「コムギは?」
 私は静かに首を振った。
「でも、長生きしたよ。つい、三年前にいっちゃった」
 環は前に向き直り、少し俯いた。
「そうか。……でも、お前と過ごせて幸せだったんだろうな」
 ぽつりとそう言って、自分のデスクへと帰っていった。

 私は猫型のチョコレートをじっと見つめて、環と出会った頃を思い出した。

 ――私と環が仲良くなったきっかけは、一匹の猫だった。
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