仮面夫婦~御曹司は愛しい妻を溺愛したい~
(どうして家事のことまで言われないといけないの?)

服が駄目になるような洗い方はしていない。
クリーニングだって、利用している。そもそも家事についてだけは千夜子に負けない自信が有った。

さすがに言い返そうとしたとき、千夜子はあっさりと話題を変えて来た。

「一希は部屋?」
「え?……そうですけど」
「そう。玄関に鍵が掛かっていて入れなかったわ。開けてくれる?」
「……中に入るのですか?」
「ええ、仕事のことで確認したいことがあるの」

美琴が従うのが当然と言うように、千夜子は踵を返し玄関に向かおうとする。

その背中を追う事なく、美琴はぐっと手を握りしめて言った。

「彼の熱はまだ下がっていないんです。今日は体を休めると言っていました。仕事のことは明日にして貰えませんか?」

千夜子は勢いよく振り返り、唖然としたように美琴を見る。それから不満そうに顔をしかめた。

「私を追い返すつもりなの?」
「そういう訳ではありませえん。でも、今はお引き取り下さい……いいえ、やはり今後も仕事のことで自宅に来るのはなるべく遠慮して欲しいです」

こんな風に頻繁に来られてはたまらない。
勇気を出して言うと、千夜子の頬に赤みがさした。

怒りからくるものだろう。
反撃が来るかと身構えていると、予想通り彼女は声を荒げて言った。

「私を追い返したらあなた大変よ? あとで一希に罵倒されるわよ?」
「罵倒って、そんなこと……」
「だって、彼は私に会いたいと思っているはずよ? あなたが勝手に追い返したら怒ると思わない?」
「それは……」

千夜子の言い分は不快だったけれど、言い返せなかった。

(たしかに、一希は私ではなくこの人と一緒にいたいと思っているわ)

具合が悪くて心細くなっている時なら、愛する人の側にいたいのは当然だろう。

絶対に部屋には入れたくないと思っていたけれど、一希の気持ちを想うと揺れてしまう。

そんな時、新たな声が割り込んで来た。
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