俺様系和服社長の家庭教師になりました

 翠は、小さく深呼吸をして頭を冷静にさせた。
 そして、本を1つ選び色に渡す。

 「いろいろ見てみたんですけど、これが一番わかりやすかったので、この本を使いますね。まず…。」

 ページを捲って、初心者向けのページを指さす。
幼い頃使っていた本だったので、翠はとても懐かしい気持ちになった。ワクワクして開いた本の1ページ目。なんとも言えない喜びの瞬間を。

 「現代ギリシア語には母音が7つあります。日本語と似てるんですけど、英語の方の発音が近いと言われてます。ですが、ギリシァ語はカタカナ発音でけっこう通じるので、まずは覚えましょう!」
 「わかった。とりあえずは、挨拶とか日常会話がメインだな。」
 「はい!………冷泉様、ノートとかお持ちですか?」
 「持ってるわけないだろ。会話だけでいいんだ、おぼえる。」
 「読み方とか、メモした方がいいですし、単語は書いた方が覚えますよ?」


 そういうと、何か言いたげにムッとした表情になったが、テーブルにあった翠のノートを手にして「じゃあ、お前のを貸せ。」と言って、無造作にページを捲った。「ダメです!」と言う前に、ページは捲られてしまい、翠のノートの中身が露になった。


 「ギリシャの文化と食事、、、。なんだ、おまえ、もうギリシャに行くつもりになってんのか?」
 

 色は、他人のノートを見ながら、ニヤニヤと笑ってもいる。
 翠はそれを焦って取り上げて、胸に抱き締めて止めた。


 「ち、違います!色さんに勉強を教えるので、中途半端な事を伝えたくなかったんです。だから、自分なりに改めてギリシャの事を勉強していたんです。確かに、勉強してて、ここに行ってみたいなーとな、食べてみたいなーってメモはしましたが……。でも、これは勉強ノートなんです。」


 恥ずかしい部分とからかわれて悔しい気持ちとが合わさって、顔はくしゃくしゃになる。泣きたくなるわけではないけれど、自分なりに頑張ったことを笑われるのは辛くなるのだ。
 むすっとしてしまうのは、子どもみたいだと自分でもわかっている。けれど、それ我慢できるほど大人にはなっていなかったようだ。

 「………。悪かったな。」

 そういうと、色は頭をまた優しく撫でてくれる。少し困った表情に見えるのは気のせいなのだろうか?
 いつも俺様で憮然とした態度や、仕事用の爽やかな微笑み。そればかり見てきたが、ここ何回かで彼の違った姿を見ている。
 彼も、普通の人なのかもしれない、と少しみじかに感じたのは、色には内緒だ。


 「………すみません。私も子どもっぽくて。」
 「まぁ、それは否定しない。」
 「冷泉様!!これ、私の予備のノートです。それとペンも。」
 「………ウサギ。」
 「可愛いですよね。」


 翠が渡した、黄緑に小花が描かれているノートと、ウサギのマスコットが付いてペンを、ため息をつきながらも受け取り、彼は教えたことをメモし始めた。字を書くのがとても早いが、綺麗なのには驚いたが、そこには何も言わずに勉強を再開させたのだった。




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