麻布十番の妖遊戯

 二

 昭子と太郎は己の体を肩まですっぽりとこたつに押し込んでいるのに、寒い寒いとほざいていた。
 そもそも寒さなんて感じやしないのに、人の世の雰囲気に便乗してこの世を楽しんでいるのだ。
 その証拠に、顔には楽しくて仕方がないという文字がくっきりと浮かび上がっている。

 こたつの上には湯呑みが二つ。
 小皿が三枚重ねられている。
 湯呑みの中はこんぶ茶だ。珍しいことに昭子も酒ではなく、太郎同様に渋いこんぶ茶を飲んでいた。

 昭子が太郎に「煎餅を買って来い」と命令しているが、太郎はこたつから出るのがいやで、「そろそろ侍さんが来る頃だから待っててくださいよ」と、のらりくらりと昭子の命令をかわしていた。

 侍は煎餅なんか持ってこないだろうが。と横になりながらもんくを言う昭子の顔には笑みが浮かんでいる。
 持ってくるかもしれないじゃないですか。と言い返す太郎も可笑しそうに肩を揺らしていた。
 そんな人間を真似した掛け合いをしばらく続けていると、家の戸が悪い音を立てながら開いた。

「おう、外はだいぶ冷え込んできたよ。あー、さみいさみい」

 こちらも手を擦り合わせて「いやはや外は寒い。今年はどうにも天気がおかしいんじゃないかねえ」などと知ったかぶりをみせた侍がいそいそと入ってきた。

 ああ、そうだよ。今年はおかしい。去年の方がまだましだったさ。年々天気がおかしくなっていくねえ。
 この調子じゃ来年もおかしくなりそうだ。まったくどうなることやら。と昭子も天気に詳しくないので適当に口を合わせている。

 あーさぶさぶと何度も言いつつ空いている席についた侍は、こたつの上にいいにおいのする紙の箱を置いた。
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