麻布十番の妖遊戯

 五

 蝋燭の薄明かりの中、三人の前に姿を現したのは、たまこだ。

 三人はやさしい笑みをたまこに向ける。
 たまこも、太郎、昭子、侍と順に見、もうわかっているとばかりに大きく頷いてみせた。

「自分が死んでるか死んでないかがわからない私みたいのってけっこういる?」
 
 唐突に切り出したたまこはこたつの上にいつもの分厚いノートを丁寧に置いた。

「いなくもないけど、そういうのは珍しいかな。あ、でもあれだぞ、いるにはいるぞ。おまえだけじゃあない」
 
 侍が安心させるように一つ頷いてみせた。いると言えば済むものを、ちょっとした嘘もつけないのが侍のいいところなのかもしれない。

 たまこは己がどういう経緯でここに流れ着いたのか、覚えていなかったのだ。
 侍と道端で会って約束した覚えもない。
 なので、今まで起こった件から考えても首を傾げるしかないのだ。己が何者で、なぜここにいるのか、とんとわからなかった。

 長いことこの家にお世話になってはいるけれど、自分が死んでいるなんてことは、今の今まで微塵も思っていなかった。
 気づいたらこの生活をしていたのだ。太郎と昭子と侍がいつも側にいて、毎日笑って幸せに暮らしていた。それが当たり前だった。しかし。

「たまこちゃんはあの事件があまりのショックでね、自分が死んだってことを認められなかったのよ。だから、侍に会ったことも忘れちゃってるの。遠く遠く昔の話だしねえ。でもね、実際に会ってるのよ。当時のあんたは、ある場所に呆然と突っ立ったままだったの。右も左も良いも悪いもわからない。それじゃああっという間におっかない地縛霊に取り憑かれちまう。それにまだほんの子供だった。だから侍が見るに見兼ねて連れてきたんだよ」

 昭子がたまこの髪をすと撫でた。このノートも侍があなたに渡したものなのよ。と付け加える。

 こたつの上に置いたノートに目を落としたたまこは、首を傾げ、侍の方に目を向けた。
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