麻布十番の妖遊戯
「おやおや、これは案外ひどい話だね」

 木の葉が月の光を吸収し、葉の影として吐き出した暗闇に潜んでいた昭子が顔をおもいきりしかめて誰にともなく言う。
 その声は太郎と侍にしか聞こえない。

「ほほう、首を切り落とされたというのであれば、この俺と同じってもんだなあ」

「なあに関心した声出してんだい。首を落とされてるって言ってもあんたとじゃあまったく状況が異なるってもんだろう」

 自分と同じ状況下にあると、侍が嬉しそうに目を細めたのを見てすかさず昭子がばっさりとその解釈を切り落とす。

「侍さんは切り捨てだったろ。でも、瑞香さんの場合は覚悟ができてなかった。無論、殺されたのが先だから覚悟も何もあったもんじゃないけど」

 太郎が昭子の影に重なった。侍の影が首を振るように左右に揺れている。
 畑の横にある木々が揺れていると錯覚するようにうまく影の内に潜んでいる三人は、勝手に木の影と同化して畑を自由に動いていた。

「この男が死体の埋まっているところに野菜やなんかの種を撒いて育てて、出来上がった野菜を次の獲物に食わしていたってんだから、本当にどうしようもない話さ」

 昭子の影がすうっと細く起き上がるように伸びた。

「でも、よくそんなところで育ったな。普通死体を埋めたところに種なんか撒いてもそうそううまくできやあしないだろうに」

 侍の影も昭子に続くように起き上がる。
< 63 / 190 >

この作品をシェア

pagetop